理解者
私は、凡てを話した。
話を黙って聞いていたシンタローが真剣な顔で口を開く。
「雪ちゃん。
俺、実は、親から性的虐待を受けていたんだ」
「えっ!!」
「うん。それで、俺は何人か子供を出産して、何人かは流産しちゃって、
医者からもう妊娠は危険ですよ、って言われても虐待は終わらなくて。
この関係は、何年も続いたんだけれど、仕事場で、素敵な人と出会って、
俺はその恋人と結婚したいから、母にこんな関係は辞めるよういったら、
母が激怒して、俺を監禁したんだ。俺は、もう堪らなくなって母を絞め殺したんだ。
これ聞いて、俺の事嫌いになった?」
ならない。隣で一番の理解者になってやりたい。
遅ればせながら、シンタローの言わんとしている事を理解する。
昭和43年に実際に起こった尊属殺重刑規定違反判決の事だ。判決は昭和48年4月4日に出た。
「私が、あの日あんなに脅えていたのは、私の記憶を再び体験してしまったからだと思う」
「同じ体験?どれが、該当するのか分かる?」
『ただいま』
――――――痛いいぃいいいイイイィィイイ―――――――
『おかえりなさい』
――――――怖いよぉぉォォォオオオオオオ―――――――
久しぶりの男の顔。
――――――このままでは、殺される!!――――――――
崩れて笑顔に。
――――――このままでは、お母さんと私は死んでしまう!!―――――――
『よ く も や っ て く れ た な』
よくもやってくれたな。
フラッシュバックして、再び、私は過去に甦ってしまう。
「大丈夫だよ。大丈夫」
背中に温かい温もりを感じる。
シンタローが、私を包み込みように腕をまわしてくれて、背中を優しく撫ででくれる。
――――――大丈夫よ――――――
うん。大丈夫。
「あの男は笑って、『よくもやってくれたな』って言ったの」
「うん。」
「怖かった。仕返しされた事も、それを楽しみにしていた事も。」
「もう、大丈夫だよ」
「うん。大丈夫」
私は、本当はとても怖かったのだ。
お父さんやシンタローに決定的に避けられる事が。
自分にとって、本当に大切な存在である人から、怖がられ、軽蔑され、嫌われる事が、本当に本当に怖かった。
お父さんやシンタローを何となく避けてしまったのは、自己防衛本能からか――――イヤ違う。そうじゃない。自分が傷つくのが恐ろしくて、自分から距離を置いたのだ。
傷つく前に、自分から離れようとした結果なのだ。
でも、避けられた方の気持ちはどうだったんだろう。
何となくだが、避けていた私と同じで、ご飯が全く美味しくなかったのではないかと思った。
それから。
その翌年、私は一浪の末、何とか希望大学の教育学部に合格した。
すると、シンタローが「同じ大学に行こうかな」ときた。
「へぇ?数学があれだけ出来るんなら、理系とか?」
「う~~ん。実は、心療内科とか精神科とか、気になるんだ」
ドクン
胸がうたれた。
私と母は、あの事件後、カウンセリングに行く事が義務化された。特に私は2年間の間、月に一度は通っていたのだ。
私はその話をしてた記憶がある。
「カウンセラーになりたいの?」
「漠然と、だけどね。」
「そっか。お父さんにも話すと良いよ。本当に、いつも良いアドバイスをしてくれるから」
と私が言うと、シンタローは何故か拗ねてしまった。