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シボレテ  作者: ジャンガリアンハムスターは世界最強種
7/10

大丈夫よ

記憶がフラッシュバックしてしまった。


「イヤアアアアァァアアアアァアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァ!!!!」


と、尋常じゃない叫び声をあげてしまった私はその後部屋に閉じこもった。

しばらくすると、お母さんが部屋に入ってきた。

ベッドの上でグチョグチョに泣いている私の背中を撫でてくれ、「大丈夫よ。大丈夫」と慰めてくれる。


――――――大丈夫よ――――――


心が緊張から解きほぐれて、いつの間にか眠ってしまった。




翌日。

居間にはいつも通りの風景があった。

お父さんが新聞を読んでいる。

お母さんがお弁当の用意をしている。

シンタローは、「雪ちゃん、おはよう」とニコニコ笑っていた。


挨拶をかえして、私の茶碗にご飯を盛る。昨日の唐揚げやお弁当の余りの卵焼き、豆腐と葱の味噌汁をモッキュモッキュと食べる。

日常だ。

シンタローも昨日の晩、恐らく話を凡て聞いたのだろう。

それでも、こうして普段と変わらない態度で接してくれる。

本当に頭の良い子だな。と少々捻くれた考えをしてしまう。


それから、私は何となく距離を置きたくなってしまった。

理由は分からない。

最寄りの図書館は18時には閉館してしまう。グズグズと家に戻り、笑顔を張り付けて食事をする。

その後は、部屋に閉じこもった。

この食事の時間が私には苦痛だった。

これはご飯大好き人間・永井雪乃の人生18年間初めての事である。

ネットで、最寄りの大学の図書館の情報を調べると21時まで開いている。多分、職員には気付かれないだろう。

翌日、お母さんには話をしてその大学に出かけた。幸いにも、チャリで行ける距離だ。


閉館10分前に、図書館を出て(全く気付かれなかった)家に戻ろうとすると、声をかけられた。


「雪乃ちゃん」


振り向くと、ふたつの人影。

私のお父さんとお母さんが立っていた。



私は仰天した。




「おつかれ。じゃあ帰ろうか」


と、お父さんが歩き出す。

私はチャリで来たけれど、どうやら両親は歩いて来たようだった。


「お父さん仕事は?」

「ん?今日は偶々早かったの」


確かに、19時に帰ってくる日もある。でもそれは指で数えるほどで、いっつも21時過ぎに帰ってくる。

私を、二人で、迎えに来てくれたんだ。


―――――大丈夫よ―――――


暖かい。

私は、なんてなんて愛されているんだろう。

大丈夫だ。


―――――大丈夫よ――――――


私の不処分が決まったあの日。

私が、やるせなさに泣いたあの日。

母が抱きかかえてくれて、私の背中を撫でてくれた。


「大丈夫よ。雪乃。大丈夫よ。大丈夫よ」


何度も何度も大丈夫、と言ってくれて暖かく抱きしめてくれた。

あの時の暖かさと一緒だ。




3人で歩いて帰った。

お母さんがポツリポツリと話しだす。


「最初は、私だけだったんです。普段は無口だけど嫉妬深いな・・・くらいにしか思って無くて。

 結婚してから、夫はお酒が入ったり、激情すると、もう何処であっても何時であっても構わず殴られる。抑制が、効かなくなってしまうんですね。

 最初は、私だけだった暴力だったのですが、それが娘に向うようになって。

 このままだと本当に、死んでしまうと本当に本当に怖かった。」

「大丈夫。志保さん、大丈夫だよ。僕が守るから」


そうだった。お父さんは初対面の時、言ったじゃないか。


「全部ね。こんなこと言っちゃなんだけれど、僕は裁判官だ。雪乃ちゃんの盾にも槍にもなれる」


私を養子にしたのだって、私を守るためだ。

法定代理人となって、裁判官としての知識や経験を活かしてありとあらゆる攻撃や誹謗中傷から守るため、だった。


「お父さん。私の事『怖い』って思う?」


思い切って、聞いてみる。


「怖いよ。でも、雪乃の考えているような意味じゃあ、ない。

 僕にとっては、家族がすべてだ。いなくなったら、何の意味も無い。

 拒絶されたら、と思うと怖くて怖くて正気じゃいられないだろう。

 雪乃はDVの目撃だけでなく、虐待の体験を成長期の10歳位から経験していたんだ。

 父親や男性への憎悪が残っていると考えるのは当然じゃないか。」


初対面のはしゃぎっぷり。

当初、私は変な美中年だな、と笑ってしまったっけ。

あれは、本当は私に対する予防線だったのか。


「あなたは、本当に私の『父親』だよ。」

「・・・」

「あなたは、私が欲しかったと思える理想の父親そのものだよ。

 本当にありがとう」


特別なのは、私だけじゃない。

甘ったれんなよ、私。

両目から流れる心の汗をグシグシ拭き、鼻をチーンとかんだ。

家に着くと、シンタローが玄関までむかえに来てくれた。


「ご飯。食べなよ」


キッチンには、温めたすき焼とご飯が用意されていた。

モキュモキュ食べる。温かさに、目から水が流れてきた。

シンタローは黙って、玄米茶を淹れてくれた。


「シンタロー」

「何?」

「ありがとう。」


真っ直ぐ、見つめた。

言うんだ!言わなきゃ!!


「本当に、ありがとう。

 あの日、わたしが、急に、急に、申し訳なかった、と、反省し、して、」


途中から、歯の噛み合わせが出来なくなってしまった。

何故かガチガチと震えてしまい、止まらない。

私の手も、身体もブルブル震えていた。

あれ?シンタローは怖くないのに何でこんなに脅えているんろう。

怖くて、視線を会わす事が出来ない。


「もう、良いよ」



シンタロー。

今、どんな顔しているの?



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