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シボレテ  作者: ジャンガリアンハムスターは世界最強種
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残念な美形

母・斉藤志保は、私・斉藤雪乃が12歳の時から女手一つで私を育ててくれている。

私は、公立高校に通う3年生。本当は中学卒業後、働きに出ようと考えていたが、母に反対され高校に進学した。

勿論お金がないからである。

母は頑として聞き入れず、結局私が折れた。

今は、高校生活をエンジョイしている。


そんな3年生のある春のうららかな日、母が私に話があるの。と来たもんだ。

実は、最近怪しいなと思っていた所である。

仕事の帰りが遅いな。とか、あれ?香水なんてつけているの。とかね。

良かった良かった!!

母は、娘の私から見ても中々の美人さんだし。

歳だってまだ、39歳のはず。

今まで、散々苦労していたし、初婚は悲劇だったし、貧乏なせいで働き詰めだし。

良い人がいたら私に構わず一緒になるんだよ、と毎日口説いた甲斐があったッ!


「話ってなぁに?」


まあ、多少白々しいかもしれないけれど、その辺は、ティーンエイジャーの私の心中(何となくお年頃の私としても母の恋話聞くのは気恥ずかしい)察して下さい。

すると、母は頬を染めて、


「実は、真剣にお付き合いしている人がいるの」


というじゃあ、ありませんか。

内心、キタ―――――――――ッ!とドッドッドッ興奮するが、表面上は落ち着いて尋ねてみる。


「うわぁ。どんな人?」

「うん。その人も、お子さんがいらっしゃって。年齢は44歳なの。奥様とは、8年前に離婚されているんですって」

「お子さん?歳は同じくらい?」

「そう。中学3年生らしいわよ。」

「へぇ~」


私は一人っ子だし、親戚も縁が無いので年の近い親戚が出来ることは、とても嬉しい事だった。


「ねえ。向こうは私の事、知っているの?」

「良く知っているわよ。お母さん全部話したもの。」

「で、真剣な交際をしているの?」

「実は、昨日プロポーズされたの」


・・・・・・・。

フリーズ状態。

え?

プロポーズ?

いきなり?


「それで、娘と話しあって決めますってお母さん言っちゃってね。」

「う~~~ん。事情知った上で、プロポーズとは、中々やりますなあ。」

「そうなの。うふふ」


母が、頬を染めて可憐に微笑んでいる。

こんな笑顔見た事あったっけ?私の父は、所謂 暴力男で、私も母もしょっちゅう被害にあっていた。

あんなに苦労した母だ。

母が幸せになるのなら、私は何でもする。


「その人は、その、優しくて良い人、なんだよね?」

「うん。先日、息子さんに会った時に聞いてみたの。

 あ、息子さんとはその時初めて会ってコーヒーを飲んだんだけれど。

 『お父様はどんなパパなの?』って尋ねたら、

 『俺に甘い所がありますけど、普通の親馬鹿な父親です』って言うのよ」

「え?親馬鹿って普通なの?」

「私も、雪乃には親馬鹿じゃない?」


嗚呼、成程。確かに、お母さんは私に甘いな。

それでねと母が言うには、今度の土曜日に4人で食事に行こうとのこと。

私は、勿論同意した。

何より私にとっては、お母さんの幸せが第一だ。再婚相手が、素敵な人なら言う事なしだ。



そして、当日。

ダークグレイのスーツを隙なく着こなした永井聡(44)さんと息子さんの永井晋太郎(14)君と初顔合わせした。

ちょっと、残念な所もあるけれど、話してみて中々良い人じゃないか!!

何と言っても、息子の愛で溢れている。

溢れすぎている。

ちょっと、私、溺死しそうなくらいに溢れている。

食事はホテルの中華料理屋さんである。

昼食後、私の提案で将来の父・私組と母・将来の弟組に分かれて少し散歩することになった。



本音を言おう。

私は、この間にこの美中年の真意を聞きたかったのである。

街内からは結構離れているので、広大な庭は美しく、季節の花が色とりどり咲いている。



「そういえば、仕事なにしているんですか?」


確か、法律家とか弟が言っていたなあ。


「僕はね、裁判所で働いているよッ!」

「へぇ。裁判所・・・」


意識して声を地を這うように低く、含みのある口調にする。

顔を、永井さんに挑むように真っ直ぐ向けた。

暫らくお互い無言だった。

先に動いたのは、永井さんの方。真剣な表情で私と向かい合う。


「僕は、札幌地裁で裁判官として働いている。

 札幌に赴任したのは一昨年の10月で、その前は前橋、その前は福岡、滋賀と転々としている。

 裁判官はね、転勤が多いんだよ。大体3年ごとに移動がある。

 官舎に住んでいるので住む場所の心配は無いけれど、正直根無し草のような所はある。実際、シンタローには迷惑ばかりかけている。

 僕の元妻はね。シンタローが6歳の時出て行ったんだ。6歳のシンタローを一人残してね。

 確かに、仕事に忙殺されていた。それを言い訳にするつもりは無いけれど、離婚届だけを置いて、預金を全部引き下ろして、シンタローを幼稚園に預けたまま、何も言わず出て行ったんだよ」


怒りは感じるが、静かな、落ち着いた声だった。

はじめ、私はそれが目の前にいるこの人の声だとは思わなった。


「お父さん」

「!!

 はっはいっ」

「凄い。良い声。」

「・・・え?」

「突然ごめんなさい。

 でも、良い声。落ち着いて、深みがあって」

「・・・はあ。ありがとう」


この人の怒りは、静かな怒りだ。

話しあって、解決しようとする人だ。暴力性は無い。


「うちのことは、母が話したと聞きました。」

「全部ね。こんなこと言っちゃなんだけれど、僕は裁判官だ。雪乃ちゃんの盾にも槍にもなれる」

「・・・」

「それに、志保さんから聞いたんだけれど、大学進学を諦めているようだね」


この人は。


「今は、高校3年の6月。センター試験まであと7か月あるね」


ゴクリ、と思わず生唾を飲んでしまった。


「お父さんは、こうみえて結構稼いでますよ」


パチン☆とウィンクされる。(どうやったら、片目だけを瞑れるんだろう)

やられた。

この人は。


――――今からでも間に合うか!?

進学、したい。私は教師になるのが夢だった。小学校の時も、中学校の時も、私は素晴らしい先生に助けられていたから。

お金が無くて、断念していた。

母は、昼間は定食屋、夜はスーパーのレジと頑張って働いている。しかしそれでも稼ぐ金は、やれ家賃だ光熱費だ食費だ消耗品だと消費してしまい無くなっていく。


「進学、したいです」


足や手が震えるが、これは武者震いだ。

良く出来ました、というように永井さんが私の頭を撫でてくれる。


「うん。大丈夫だよ」


―――――――大丈夫よ―――――――


賽は投げられた。




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