表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR

婚約破棄寸前令嬢の第二の人生 ~居場所を失った私を、帝国は必要としてくれるそうです~

作者: 茶電子素
掲載日:2026/07/24

 発注ミス?

 三日前に新調したばかりの姿見が、私の全身を映しきれずに途中で切れている。

 幅が足りないのではない。高さだ。

 背を伸ばすと、ちょうど自分の首から上がフレームから押し出されて消える。


 ……まあ、二メートルあればそうなるか。

 体重は百キロをちょっと超えたくらいで安定している。

 骨密度を測ったら、きっと恐ろしい数値が出るんだろうけれど試したことはない。

 顔自体は、なんというか自分でも悪くないと思っている。

 パーツの配置は整っているし、肌だって綺麗だ。

 ただ、あごの真ん中に一本、グサッと縦の筋が入っている。割れ顎というやつだ。

 鏡に映る自分の顎を指で撫でてみる。

 かっちかちだ。


「レティシア、頼むから腕ぐみをしないでくれ。圧がすごい」


 傍らのソファで、ルシアンが体を小さく丸めていた。

 侯爵家の三男。

 顔だけは本当に、溜息が出るくらい綺麗だ。

 肌が白くって、ちょっと向こうが透けるんじゃないかと思うくらいか細い。

 昔はこの「今にも折れそうな感じ」が可愛くて仕方がなかった。

 守ってあげたいというか、持ち歩きたいというか。

 いや、持ち歩くのは変か。

 でも最近は、なんていうか……物足りない。


「ルシアン。私、甘いものが食べたい」


「……厨房に言えば? 僕が持ってきたタルトがあると思うけど」


「そうじゃなくて。こう、もっと重厚なやつ。お茶を飲みながら、横で誰かが本気で取っ組み合ってるような空間で食べる肉入りケーキ」


「それケーキの味しないよね? 血の匂いしかしないでしょ」


 膝の上に置いた自分の拳を見る。

 中指部分を中心に皮膚が厚くなっているのは、庭の丸太を叩き続けているからだ。

 ルシアンの線の細さは魅力的。

 だけど彼と結婚しても、きっと静かな屋敷で穏やかなお茶会が続くだけ……。

 侯爵家の三男なんて、ぶっちゃけ将来の立場もフワフワしている。

 領地を継ぐわけでもないし、軍に入る度胸もなさそうだし。

 うちの男爵家に来られても、食費が増えるだけで贅沢なんてできやしない。


 だったら、もういっそのこと――。


「ねえ、婚約破棄しない?」


「……は?」


 ルシアンが淹れたてのお茶に手を伸ばしかけたまま、ピタリと止まった。

 磁器のカップが、カチャっと小さな音を立てる。


「だから、婚約破棄。お互いのために」


「理由を聞いてもいい? 僕、なんかやらかした? 浮気とか絶対してないし、君の誕生日に花も贈ったよね」


「ううん。あなたは何も悪くない。強いて言えば……なんか、刺激が足りない」


「刺激で婚約破棄されるの!?」


 声が裏返っている。

 でも、本当にそうなのだ。

 私は、人生で大きな花火を打ち上げたい。

 ルシアンの肩を掴もうとして手を伸ばしたら、彼が本気でビクッとしたので途中で手を引いた。

 あ。爪のあいだに泥が。抜き手の修行で入ったのかしら。


「言葉で説明するの、苦手なの。だから……ちょっと外出ようよ」


「やだ」


「なんで」


「絶対ろくなことにならないもん。僕を投げる気でしょ」


「投げないよ。持ち上げて軽く締めるだけ」


「それが嫌なんだよ!」


 ルシアンの襟首を掴んで、そのまま半分引きずるようにして廊下へ出た。

 軽すぎる。

 本当にこの男は肉を食べているんだろうか。

 庭に出ると、熱い風が頬を叩いた。菜園のニラが猛烈に揺れている。


 ……あれ?


 芝生の上に、見たこともない巨大な馬車が停まっていた。

 黒塗りで、金の装飾が無駄にギラギラしている。

 馬車の横には、全身を鉄の鎧で固めた男たちが五人、背筋を伸ばして立っていた。

 甲冑の継ぎ目から見える服の仕立てが、うちの国のものじゃない。


「……何あれ。ルシアン、うちの庭って駐車場だっけ」


「僕に聞かないでよ! うわ、帝国の紋章じゃん……なんでここに?」


 甲冑のひとりが、こちらに気づいてドタドタと歩み寄ってきた。

 バイザーを上げると、髭面のいかついおっさんの顔が現れる。

 目が小さくて、頑固そうだ。


「貴様が、この屋敷の……いや、なんだその体躯は」


「男爵家の長女、レティシアですが。何か?」


「男爵令嬢……? これが……?」


 おっさんが二度見した。

 不躾だな。

 私はルシアンを地面に下ろした。

 足元でルシアンが「ひい」と小さく喘いで、服のシワを伸ばしている。


「あのね、おじさん。今、大事な話の途中なの。このモヤシ野郎と婚約破棄するかどうか揉めてて」


「誰がモヤシだ! ……いやモヤシだけど!」


「黙ってて。今、雰囲気作ってるんだから」


 おっさんは私とルシアンを何度も往復して見比べると、

 手にしていた筒から綺麗に丸められた書状を取り出した。

 羊皮紙の匂いがふわっと漂う。


「……なるほど。辺境の怪力令嬢の噂は真実だったか」


「怪力って言わないで。骨格がしっかりしてるだけだから」


「よし、決まりだ。皇帝陛下の名において、貴様を『各国選抜・宗主国武闘大会』の選手に指名する」


「……はい?」


 風が止まった。

 芝生の上に、嫌な感じの静寂が広がる。


 武闘大会……、帝国……。

 あの、世界で一番広くて、一番殺伐としていて、一番金を持っている国。


「いや無理です。私、これから婚約破棄して、どっかの金持ちのイケメン捕まえて優雅にお茶とケーキとプロテインを楽しむ予定なので」


「優勝すれば、皇帝陛下が、望むものを何でも一つ下さるぞ。金でも、領地でも、地位でもだ」


「……何でも?」


 頭の中で、カチリと重いギアが噛み合った感覚があった。

 レバーを倒して回路が繋がる――みたいな。


 優勝する。

 ↓

 大観衆の前で、返り血を浴びた状態で表彰台に立つ。

 ↓

 皇帝が重々しい口調で「望みを言ってみよ」と問う。

 ↓

 そこで私が「婚約破棄と、一生遊んで暮らせるケーキ代を」と可憐に答える。


 え、嘘っ……完璧だわ。


 それに待って。

 皇帝って確か、去年くらいに皇后を亡くしたイケオジじゃなかった?

 息子の皇太子も、写真で見た限りではかなりの男前だったはず。


 ……この際、二人とも私のハーレムに入れちゃえばいいのでは?


 玉座で、両脇に皇帝と皇太子を侍らせる自分。

 二人は私の威圧感に青ざめて、震えながら紅茶を注いでいる。

 で、王城の隅っこで、ルシアンが「僕の立場は!?」って泣いている。


「……フフっ」


 思わず口元がゆるんだ。

 ヤバい。今、私かなり気持ち悪い顔をしているかもしれない。


「レティシア……? なんか、すごく良からぬことを考えてない?」


 ルシアンが半歩後ろに引いた。


「考えてないよ。すごく健全な将来設計」


「顔が全然健全じゃない! 顎がいつも以上に割れてるもん!」


「顎は元からこうなの!」


 おっさんは私の反応を見て、満足そうに深く頷いている。


「うむ、覚悟が決まったようだな。大会は来月だ。すぐに出発の準備を――」


「あ、おじさん」


「なんだ?」


「このモヤシも連れてっていい?」


 ルシアンを指さすと驚いたように「えっ」と声を漏らす。


「荷物持ちが必要だし。あと、向こうで寂しくなった時に、つつくと面白いから」


「僕は玩具か何かか!?」


「玩具じゃないよ。大事な、元・婚約者」


 おっさんは少し考え込むように首をひねったが、

 面倒くさくなったのか「好きにしろ」と短く言った。

 鷹揚だな。

 帝国の人間って、みんなこうなのかな。


 庭の隅に、父様が使っていた鍛錬用の人形が転がっているのが目に入った。

 鉄製なので雨ざらしになって錆びている。

 重さはたしか、百二十キロくらいあったはず。

 歩み寄って片手でひょいと持ち上げると、指先が錆で茶色くなった。


 ガシャンとルシアンの足元に投げ落とす。

 芝生が凹んで土が跳ねた。


「ルシアン」


「……なに」


「帝国に着くまでに、それ持てるようになって」


「死ぬよ!? 普通に腰椎が砕けて物理的に死ぬよ!?」


「大丈夫。折れたら私が直してあげる。昔、馬の骨折治したことあるから」


「人間と馬は構造が違うと思うけどっ!?」


 叫ぶルシアンの首根っこを再び掴み、私は屋敷へと歩き出した。

 武闘大会か。

 ドレスが汚れるのは嫌だけど、まあ向こうの皇帝の奢りで新しいのを仕立てさせればいいか。


「ねえレティシア、本当に冗談だよね? 持てなくても怒らないよね?」


「怒らないよ。ただ、持ち上げるまで肉しか食わせないけど」


 空を見上げると、日が傾き始めていた。

(明日から忙しくなるわ)

 でもまあ、とりあえず厨房に行って残りのタルトを全部食べておこう――話はそれからよね。



本作をお読みいただき、本当にありがとうございました!

最後までお付き合いいただけて感謝の気持ちでいっぱいです。

もしよろしければ、評価や感想で応援していただけると励みになります。

他作品もありますので、ぜひそちらもチェックしてみてくださいね(^^)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ