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おねえさん、何故かジト目の圧が強くなる

 ニトリアでの買い物を終えた俺たちは、家具屋から少し歩いた海浜公園の一角へと足を運んだ。


 目当ては、広場の端に停まっているオールドアメリカンなキッチンカーだ。使い込まれた鉄板から漂ってくる、焦げた牛脂とスパイスの暴力的な匂いが、潮風に乗って鼻腔をくすぐる。


「うわ、めっちゃいい匂い。あたし、ダブルチーズバーガーのポテトセットにする。鈴木くんは?」


「俺はアボカドバーガーにします。あと、コーラも」


「お、そっちも美味そう」


 俺たちはそれぞれズッシリと重みのあるバーガーとコーラを受け取り、海が見える木のベンチに並んで腰を下ろした。


「はい、じゃあ今日のお買い物に」


「乾杯」


 紙コップを軽くぶつけ合う。氷の鳴る涼しげな音が、初夏の空気に溶けていった。


「うっま。鈴木くんこれうまいわ」


 山葉さんは両手で分厚いハンバーガーを持ち、大きく口を開けてかぶりついた。幸せそうに目を細める姿は、大学で誰にでも微笑む「生協の女神」ではなく、ただの腹を空かせた等身大の女の子だ。


「あっ、ヤバ」


 黒いライダースジャケットの襟元に、たっぷりとかかったチーズとソースがこぼれそうになり、彼女は慌てて舌で迎えにいく。


「山葉さん、口の端、ソースついてますよ」


「え? うそ、どこ?」


 俺が指摘すると、彼女は手の甲で口元を拭おうとしたが、見当違いの場所をこすっている。


「あー、違います、こっちです」


 俺は持っていたペーパーナプキンを手渡し、自分の頬を指差して場所を教えた。


「ん、ありがと。……とれた?」


「はい、ばっちりです。……美味しいですね、肉の味がしっかりしてて」


「だね。鈴木くんの意識高い謎の横文字料理もおいしいけど、やっぱこういうジャンクなやつ最高だわ」


「それ、褒めてます?」


「もちろん。どっちも好きってこと」


 悪戯っぽく笑いながら、彼女はフライドポテトをひょいとつまんで口に放り込む。海から吹き抜ける風が、彼女の鮮やかなブルーのインナーカラーの入った髪を揺らした。


 青空の下、誰の目も気にせずに、素の姿の彼女とジャンクフードを頬張っている。外の世界でのデートのはずなのに、この満ち足りた空気は、俺の狭い部屋のソファで感じるものと何一つ変わらなかった。なんとなく夜が似合うと思っていた山葉さんは、青い空と海をバックにしていても、それはそれで似合ってる。


「ちょっと手、洗ってきますね」


食べ終えた俺は、包装紙をゴミ箱に捨て、公園の公衆トイレへと向かった。 冷たい水道水で油のついた指先を洗い流し、濡れた手をハンカチで拭きながらベンチへ戻ろうと歩き出した俺の背中を、唐突な声が打った。


「あれ、鈴木くん?」


完全に気を抜いていた俺の肩が、場違いな呼びかけにビクッと跳ねる。


 振り返ると、そこにいたのは見覚えのあるショートボブの女子だった。先日の学部内の飲み会で、俺のサブカル武装に食いつき、連絡先を交換した佐藤さんだ。


「あ……佐藤さん。奇遇だね」


 俺は慌てて表情筋をコントロールし、余裕のある『雰囲気イケメン』の笑顔を貼り付けた。


「びっくりしたー。こんなところで一人?」


 佐藤は不思議そうに小首を傾げながら、俺の周囲をきょろきょろと見回した。


 何と答えたものだろう。と思った。友達と、では違う気がする。当然恋人でもないし、先輩と、と言うのもしっくりこない。


「あ、いや……ちょっと人と一緒。今トイレ行ってて。佐藤さんは?」


 人ってなんだよ。と内心で自分に突っ込む。そうとしかいいようがなかったのだけど、佐藤さんは別に気にしてないようだった。


「私は友達とドライブ! あ、そうだ鈴木くん、今度本当にレコード教えてよ。この前教えてくれたコルトレーン? あれ、サブスクで聴いてみたんだけど凄く良くてさ」


「本当? 良かった。じゃあ、今度個人的なおススメの名盤のリストでも送るよ」


 口から滑り出る言葉は、ひどく滑らかだった。


 今、俺が佐藤さんに向けているのは、シークレットブーツを履いて、背を高く見せている頑張っている俺の顔だ。割と通じるときもあり、佐藤さんにもその傾向があるのは、ちょっとだけ嬉しい。俺の中に眠る陰キャ剣道部員が快挙を喜んでいる。


 だが、今はちょっと問題もある。ほんの数十メートル先には、そんなシークレットブ―ツをおそらくわかっていて面白がってそうな山葉さんがいる。もし今、佐藤さんの視線の先にいるロックな私服姿の美人が、あの『生協の女神』である山葉先輩だとバレたら、後々大学で色々と面倒なことになりそうだ。いや、そもそもなんと説明すればいいのかわからない。


 俺は少しばかりの居心地の悪さを感じながら、早くこの会話を終わらせたかった。


「ごめん、友達待たせてるから行くね。また大学で!」

「うん。気をつけて」


 佐藤が手を振って駆け出していくのを見送り、俺は深く息を吐き出した。


 急いで山葉さんの待つベンチへと戻る。


「お待たせしました。少し混んでて――」


 言い訳がましく声をかけた俺は、微かな違和感を覚えた。


 山葉さんは、飲みかけのコーラの紙コップを両手で持ったまま、じっと足元のレンガを見つめていた。

 俺が隣に立つと、彼女はゆっくりと顔を上げる。


 いつも通りの熱を帯びない眠たげな眼差し。だけど、少しだけまばたきの回数が少ないというか、妙に静かだった。


「ふーん。鈴木くん、けっこーモテんだね」


 いつもより少しだけ、ジト目の圧が強い気がする。


「え……いや、あれはたまたま同じ学部の同級生で……」


「モテるのはいいことじゃん?」


 山葉さんは俺からスッと視線を外した。ストローの先を少しだけ尖らせた唇でくわえ、カチャカチャと氷を鳴らしながら海の方を見る。


「いい天気だねー」


 何となく心がこもってなさそうな声。怒っているわけではないらしい。ただ、いつものようにからかってくるわけでもなく、なんだか少しだけ面白くなさそうだ。


 長く待たせて退屈させたからだろうか。それとも、サブカルクソ野郎たる俺の姿を客観的に見て、引かれたのか。


 いつもならケラケラと、あるいはふんにゃりと笑ってくれるはずの彼女が、今はただ、無言でストローを噛んでいる。


 理由が分からず俺が戸惑っていると、彼女はチラリとこちらを伺うように見て、ストローで氷を混ぜた。

 なんだろう、胸の奥で微炭酸の泡がじゅわっと弾けているような、この絶妙に落ち着かない空気は。

 俺はどう言葉を繋げばいいのか分からないまま、とりあえず、カチャカチャと鳴る氷の音を聞きながら彼女の隣に座り直した。


 山葉さんが次に俺に話しかけてくるのに、一分くらい間が空いたと思う。


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― 新着の感想 ―
 お、そろそろ独占欲とか出てきた?
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