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異舌審問官

作者: 甘渇
掲載日:2026/03/29

 何が悲しゅうてか。


 自爆テロ未遂犯は、まだうすら若い可憐げな女で。


 しかも、やはりというか、いろんな意識が高すぎる狂信的な“準人類”やった。


「せめて“標準人類”と呼んでください! もとはそう名づけられていたはずです!」


「知らんがな……」


 自爆未遂娘の剣幕に、“異舌いたん審問官”はうんざり答えた。


「役所どころか世間一般そう呼んでるやんか……この方が言いやすいし……ほんで、なんで自分、メディア省に爆弾かかえて飛びこんだん? 信管が不良品やなかったら、受付の子ら消し飛んでたで?」


「マスメディアの報道のあり方に、異議を唱えるためです!」


「おぅおぅ、もうちょい声落として? 自分の声ほんま鼓膜に来るねん……」


 細い眉、細い鼻筋を情けのうひそめて、審問官は懇望する。


 当局オフィスの昼下がり。


 容疑者供述の場は、取調室の中でも特にラグジュアリーな“コンチネンタルスイート”。


 高層階の、広々とした室内。


 美しい光沢の液晶パネルテーブル。


 和紙張りのソファ(和紙は柿渋染め)。


 消磁発光繊維で編まれた、モノトーンのカーペット……。


 白く明るい室内で、向き合って着座する審問官と自爆未遂娘。


 テーブル脇に立ち、未遂娘をけわしく睨みつける“異舌審問助手”(女性。若こうて美人)。


 化石木材製のドア横には、警護のシークレットサービスが二人(ともに男性。ともに若こうてごつい)。


 苦情言われても、自爆未遂娘は委細かまわず、


「なぜマスコミは、いつだって標準人類の犯罪や事故ばかりニュースにするのですか? ドラマやアニメだってそうです! “標準語”を話すのは、いつもいつも悪役や下品な役ばかり!」


「そら……そういうもんやんか……そんなん、代々の番組ディレクターの申し送りか、なんやったら局の内規で決まってるレベルやで?」


「だからなぜ! どうして! いくらなんでもあんまりです!」


「……やかましなあ……ほな訊くけど……なんでそこまで、その標準語とやらにこだわるん? おれとか他のみんなみたいに“人類語”しゃべったらええやん……」


 未遂娘は途端に、探るような目つきになって、


「……知ってるんでしょう? あなた方には見えず、私たちにだけ見える『ヴィジョン』のことは」


 このおっさん、そんな基本事項から尋ね起こすんか、と言わぬげな口調。


「あなた、本当に異舌審問官なのですか……?」


「無礼ねん!」


 いきなり審問助手が荒げた声を発した。


「あびっくりした……」


 続けて何かを言おうとした審問官を手のひら向けて制止して、審問助手は言うた。


「図に乗るなねん! 世直し気取りの当たり屋が! お前が政治犯扱いされているのは審問官閣下の判断のおかげぞ! もっと敬意を払えねん!」


「いゃええて、それは……」


 と、弱々しく、心もとなげに審問官。


 顔にかかった長いストレートの黒髪をのろのろ掻き上げながら、未遂娘に、


「ぅん、まぁ……君ら“標準教信者”の『聖なる発作』のことは聞きおよんではおるんやで? 君らの“iF昼夢いふちゅうむ”のことは、な。大脳前頭葉の一部で神経パルスが発火暴走して、結果、実体験レベルの強烈な妄想……そんな怖い顔しいないな……もとい、実体験レベルの強烈な想像力が『あり得た歴史』を見させる、て言うんやろ? ほんで、そこでは、全人類の約1%が『標準語』なる言語を使っておる、と……おれから言わしたら『そんなアホな……』やけど」


 未遂娘は怒りを押さえ、あざけりをこめた表情で審問官に言い返した。


「かわいそうな人……! “サナダムシ”に支配されて真実も見えない……!」


「支配なあ……ほな訊くけど……」


 疲れ気味の声で、審問官は未遂娘に問うた。


「君らはなんで……そのサナダムシを、わざわざ尻から引き抜いて捨てる気ぃになったん……?」


 未遂娘は初めて、静かな、勝ち誇った表情になった。


「『永遠』を……『彼方』を……そして『純粋』を……曇りなき心の眼で見てしまったからです」


「また、わけのわからんことを……」


 うなだれてつぶやき、審問官は首を左右に振った。


 通称、“サナダムシ”。


 正式名称、“サナダユキムラムシ”。


 発見した学者の姓名から名づけられたという。


 この寄生蟲を腸に飼うことで、ヒトは陽気になり、直感力を伸ばし、肉体と精神の持久性を飛躍的に高められる。


 そしてなにより、iF昼夢の発作を抑える『うねる特効薬』として働く……。


 生まれてすぐ、出生届と引き換えに役所で卵を直腸にもらう、この益蟲こそが事実上、“人類”ひとりひとりの『生きた連邦市民証』となる……。


 別名。“社会保障ワーム”。


 されど、しかし。


 すべての物には、歩留まり、というものがあって。


 ときには、弱った卵や検査をくぐり抜けた不良品の卵が支給され、未遂娘の言う『永遠』や『彼方』を見てまう者が現れる……。


 だけやなく、突発的な原因から腸内の成蟲に機能不全が起こることも……。


「みにくい社会です」


 未遂娘は続けた。


「あなたがた“人類”の社会は、誰も彼も目の前のことばかり……! 血気盛んな野心も、胸のすくような展望もない! ひりつくような危うい必死さも、黄昏の歌を歌いながらの戦いも知らない! 目につくのは、ほうけた、ぬるい笑みばかり……! 『悪の美意識』や『黒翼の天使』といった、きわどい概念の魅力さえ完全に忘れ去ってしまっている……!」


「ぃや、きわどい概念て……いらんやろ、そんなもん……そんな、悪の、黒翼の、とか……」


 今度こそ、ほんまに疲れきった気分で審問官は未遂娘に反駁しかけて、


「……けどな」


 と、思い直した笑みを浮かべた。


 それは、急に秘密を明かす気ぃになった気まぐれな微笑。


「君らが『聖なる発作』で見る夢の中の歴史、そこに出てくる『あの戦争』……」


 上げた口角に、わずかに苦いもんが混じる。


「仕掛けたはええが、最後は世界じゅうを敵に回して詰んでしもた『あの戦争』な……」


 ことさらに笑ろうてみせて、審問官は告げたった。


「あれて……標準語どっぷりの首相が始めて、ほんで、人類語の本場生まれの首相が終わらせた、そんな戦争やで?」


 未遂娘は驚きの目ぇを見開いた。


「それは……本当に?」


「せや」


 立ち上がり、上体乗り出して、審問官は未遂娘の耳元に口を寄せた。


「あー! 何事ねん!」


 と、審問助手が腕振りあげて怒りの叫び。


 ドア横に立つ警護の二人は、顔見合わせたものの動きはせん。


「ちゃうちゃう!」


 と、顔ひきつらせて審問官はのけぞり、


「そんなんとちゃうて……!」


 未遂娘は、いま審問助手の双眸にきらめいた嫉妬の光を、心に深く留め置いた。


 色仕掛けの訓練こそ受けてはいないが……この気弱そうな審問官をおのれの体液浸けにしてやる覚悟なら、ある!


 再び身を乗り出してくる異舌審問官を、未遂娘は見すえた。


 嫌悪感はあっても、これほど美形で、これほどの年上が自分の最初の男になるのは、もしかして運命かもしれない……!


 ほんでも。


 その覚悟も、審問官の次の囁きで吹き飛んだ。


「……実はな、おれにも見えるねん、iF昼夢」


 未遂娘は呼吸を忘れ、総身を引きつらせた。


 審問官はやれやれ顔で、ソファにどっかり座りなおした。


 これでようよう、話ができる……。


「あんなぁ……君らの夢の中で、その『標準語』がどういう経緯で生まれてきたか、考えてみたことあるか?」


 頭ごなしに聞こえんよう、気ぃつけて話す。


「けっして人間の本性ほんせいに根ざした言語やないで? 周回遅れの植民地熱に浮かされた膨張主義が、軍事統制目的で泥縄にこしらえた人工言語や。……言うてること、わかるか?」


 未遂娘はうつむき、自分をきつく抱きしめて何も言わん。


 両手で耳ふさがんだけ、偉い……。


 そう思いながら、審問官は続ける。


「そもそもが個々人をプログラム操作するための戦時言語や。ロボット語やん。ほんで、ロボットちゅうのは……いつかて、人間のご主人様のために命を捨てる役回りや。君ら準人類て、その手のお涙大好物やろ……?」


 未遂娘は、かすかに身を震わせた。


 審問官はさらに言葉を重ね、


「人間様の盾になるロボット、それを生産する言語や。……こっちは別にかまへんねんで? ロボット語使うちゅうことは……結局、おれら人間の身代わりになって死にがち、いうことなんやから……」


 未遂娘は身を震わせ続けている。


 ただ、身を、震わせ続けていて……。


 不審をおぼえた審問官は、ここでようやく気づいた。


 いつの間にか、かたわらの審問助手が手指の先端までぴんと伸ばして、立ったまま硬直していた。


 ドア横に控える二名のシークレットサービスも、同じポーズで静止している。


 未遂娘が審問官を見つめて、うっすら微笑んでいた。


 自身を固く抱きしめ、かすかに輝いて見える全身を小刻みに振動させながら……。


「なんや、その光は……?」


 驚愕する審問官の問いに、


「フェロモンの効果です」


 未遂娘は答えた。


「標準人類の中に、まれに現れる“金色人種こんじきじんしゅ”だけが放散可能な、特殊なフェロモン……! 宿主の免疫系を介してサナダムシを狂わせ、宿主を催眠暗示状態に落としこむ……! 私はその分泌を、初めて自分の意志で最適化できた標準人類の希望……! あなたはもう私の忠実な『ロボット』です!」


 意趣返しされる、とは思いもせんかった審問官は低くうめいて、


「……こんじきじんしゅ、と来たか」


 やっと、声を振り絞るように言い返した。


「君ら準人類はいっつもそうや……『白人! 黒人! 黄色人種ゥ!』←これ! これやねん……『黄人おうじん』でええやん、『黄人』で……なんでいちいち繕うん……?」


「そんなことはどうでもよろしいっ!」


 未遂娘は一喝した。


「殺すつもりはありません……! ただ、虐げられた私たちのこの想い、この苦しみをあなたに聞いてほしかった……! わかってほしかった……! だから、ここに来たんです!」


「わかってほしかった、て……」


 そんな、あなた任せな……。


 いかにも準人類らしい、標準教信者らしい、ゆるゆるな計画性……。


 ついに、座ったまま硬直した審問官に。


 未遂娘は命じた。


「今すぐ、オンラインで発令してください。あなた方が、この本庁および各州の“重管理獄舎パワーマンション”に捕らえている標準人類全員の、即時特赦を! 超法規公僕たる異舌審問官には、その権限が与えられているはず……!」


 未遂娘の命令どおりに、審問官は動いた。


 ぎくしゃく、のろのろとした動きで、テーブルのパネルに手を伸ばし……リンクに触れる。


 五本の指で、各種セキュリティとフェイルセーフを順に解除していくと……パネル中央の表面が盛り上がり、鍵穴に刺さった制御キーの形になった。


 ……“憲法一時停止キー”。


 つかんで。


 回して。


 回しきる直前、ぴたりと、手ぇを止めた。


 黙って笑う、審問官。


 キーから離した手を、さっと横にひと振り、キーはなめらかに崩れて沈み、テーブルの平らな天板に戻っていく。


 愕然と唇わななかせた未遂娘に、審問官は少々気恥ずかしそうに、


「そのフェロモン、おれには効かんみたい……」


 未遂娘の、けなげな計画がついえた、この瞬間。


 保険、として送りこまれていた準人類の特務工作員が、動いた。


 テーブルに近い側に立つシークレットサービスが、硬直のふりをやめて銃を抜き、審問官に狙いを定めつつ、未遂娘に言った。


「お手柄だぜ、お嬢ちゃん! あとはおいらに任せな! お嬢ちゃんはその“金色エフェクト”に集中しててくれればいいのさ! 燃えるぜ!」


 口より手ぇ動かせ……。


 ほんでも、百八十二あるテロ制圧手段のひとつを審問官が起動させるより、工作員の引き金の方が早かった。


 胴体に、三発。


 すべて審問官の前に身を投げ出した未遂娘の背中に、吸いこまれ、爆ぜた。


 腰を浮かせた審問官の胸に、血まみれの未遂娘が倒れこむ。


 フェロモンの呪縛が解けた審問助手とシークレットサービスが、工作員に“追尾爪ニップ・オン”を投げつけ、爪に急所をつねり上げられた工作員は悲鳴を上げて気絶した。


「何をするねんな……」


 と、頬を引きつらせた審問官の顔を、未遂娘は見上げて、青白く笑ってみせた。


「あなたはいみじくも言いましたね……」


 声に、血の泡が混じった。


「私たちは身代わりになりがち、と……でもね、これができるから、私たちはあなたがたより優れているんです……!」


 未遂娘のしてやったりな言葉に、審問官の顔がゆがんだ。


 憤怒、恥辱、茫然、震撼、憐憫……さまざまな感情が、その面貌に渦巻いて……、


「何が『いみじくも』じゃ! アホがっ!」


 ひと声わめいて、審問助手を振り仰ぎ、


「絶対に死なすな!」


「了解ねん!」


 答えるなり、審問助手は自分のスーツスカートのホックに両手をやった。


 審問官はあわてて、


「ちょお待て! おれらが出てからにしてくれ!」


 最低限の止血ほどこしてから、審問官は未遂娘を床に仰向けに寝かして、シークレットサービスをうながし、二人で工作員を引きずり引きずり、隣室に移動した。


 下を脱いでからの審問助手の手当ては、素早かった。


 未遂娘のプリーツモンペと下着も、脱がせる。


 すでに審問助手の尻からはサナダムシの頭部体節が現れ、激しくくねってる。


 未遂娘の、膝を曲げて広げさせた両脚の間に、同じく両脚広げて座りこみ、審問助手は裸の下半身同士をぴったりと合わせて、自身のサナダムシが新たなフロンティア目指し、勇んで去っていくのを腹腔に感じてる……。






 小一時間後。


 ソファで目覚めた未遂娘の、血色を取り戻した物問いたげな顔に、審問官は軽う笑ろてみせて、答えた。


「異舌審問官にだけ与えられる、特別仕立てのサナダムシがあるんや。“ウロボロスオオサナダムシ”いうねん。強そうやろ……?」


 それは、生命力のかたまりで、かつ強烈な宿主保存本能を有し、たとえ宿主が首をはねられても、腹を破って頭蓋へ潜りこみ、脳を生かす。


 致命傷程度なら、出血を止め、ショック症状を回避しつつ抗菌治癒物質を大量に分泌、動けるようになるまでたとえ何年でも冬眠状態に置き、生かし続ける……。


「あの子が」


 と、向こうでお茶淹れてる審問助手を目で示して、審問官は言うた。


「あの子が肚に持っとったんは、その蟲や。今は、おまはんの肚の中にある。……元はいうたら、おれの持ちもんなんやけどな」


 苦笑いして、


「ほんまはな、あの子も元は準人類で、君らみたいなテロリストやったんや……まぁ、あの子の場合は、はなから、おれを殺す気ぃで近づいてきたんやが……その、なんや、いつの間にかそういう仲になってしもて……」


 情けなそうに、照れたように、可笑しそうに、


「蟲無しの相手と寝たら、“ウロボロスタイプ”は習性的にそっちへ移りよる、とは聞いとらんかったし……」


 おかげで、お互い尻栓を常備するはめになった……。


「ほやから、おれ、ほんまは今、法律上は準人類やねん」


 目ぇ丸うして聞いてる未遂娘に、


「そら、iF昼夢はしょっちゅう見るけど……そこはほれ、おれは異舌審問官やから。妄想にはそう簡単には染まらへん……」


 ほのぼの、誇らしげに言うてから、


「……そんなわけやさかい、よう考えた上で要らん思たら、あの子にサナダムシ返したってな? あの子もまだまだ『不安定』やから。それと、あの子とおれがいま蟲無しなんは内緒にしとってくれる? 同僚にばれたら、極刑や済まへん……」


 未遂娘の返答を待たず、審問官はソファから立ち上がり、窓へ近づいた。


 庁舎高層階、コンチネンタルスイートから眺めやる超地平線都市が頂くのは、よく澄んだ青をバックに幾筋もの長い壮麗な薔薇色の光の帯がかかる、大空。


「ふわぁ、綺麗な“オーロラ焼け”やなあ……!」


 底抜けに嬉しな、感嘆の声。


「えらいこっちゃ……! こんなご陽気が続いたら、こらお前、サナダムシが一斉に卵産んでまうで……!」


 ここは、惑星“天下(TENKA)”。


 旧名、地球(EARTH)。


 あの“ベンガリアン無重力会議”によって、諸国家が“万国連邦”に昇華統合され、人類語を公用語に定めた理想郷……。


 彼、異舌審問官の仕事の種は、今日も、明日も、あさっても、しあさっても、ごあさっても、尽きそうにはあらへんのやった。


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