水族館で月を見る
海水槽とそれに面した部屋とを青く淡い光が満たしていた。
空気は当初ひんやりと冷たく、しかし次第に温かく感ぜられた。
人々の話し声は分節を欠いた音の連なりとなって遠くで響き、眠りに落ちる前のように全てが曖昧で緩慢になってゆく。
流体の中にひたすら沈降していく。暫時の、しかし、引き延ばされた時間の中での永い降下の後に、柔らかな泥の海底にふわりと音もなく定着する。もはや何の音も聞こえない。ただ、深海の泥に横たわっている。
ぼんやりと宇宙を見上げる。夜空に満天の星々が輝くように、瑠璃色の海を白い海月の群れが埋め尽くしていた。
否。星々というのでは足りない。月が群れを為している。象牙のように骨のように白い満月が夜空にひしめいているのだった。
海月はその宝石質の身体を水面で波打つ光に合わせて絶えずゆらゆらと輝かせながら、線香の煙のように揺蕩っている。
安らかな寝息のように規則的に繰り返される拡大と収縮。パッヘルベルのカノンのようなその生体的、往復的、周期的な運動によって海月は夜空を気ままに渡っている。
海月にとって世界はどのようであるだろうか。
その認識機構はどのように世界を映し、ゼリーのように透き通った身体はそれをどう理解するだろうか。海の月は何を映し何を映さないだろうか。その世界に私は在るのだろうか。
おそらく、否。
夜の女王は、大気の海の底の人間を気に留めもしないだろう。ただ燦然と冷たい光を降らせるだけだ。暗い夜道をゆく人にとって月が全てであるのと反対に、月は人を見てはいない。
非対称性が、崇拝の片面性が、彼の世界における我の不存在こそがそれを孤高で強固で不可侵であらしめる。そのどこまでも澄んだ輝きを透徹であらしめる。
依然、海月は手の届かない宇宙に輝いていた。




