第97話 いざ、決戦へ
僕たちは、はっとして、海のほうを見た。
聖女が、望遠鏡を覗く。
「……お出ましだ。こっちに向かってくるねぇ」
僕たちは、頷き合った。それ以上海のほうを見ることはせずに、塔の階段を駆け下りる。
兵舎の運動場に出た頃、けたたましく都の鐘楼の鐘が鳴った。
これは、特別警報だ。この鐘が鳴ったときは、みんな家の中に隠れ、外出は禁止となる。
鐘楼に詰めている兵士たちにも、黒い龍の姿が確認できたのだろう。
そして僕たちに遅れること数秒、兵士長が運動場へ飛び出てきた。
僕の姿を見て、大声をあげる。
「勇者どの! 来たようですぞ!」
「はい。すぐに迎え撃ちます」
「どうか、ご武運を! 我々は万一、都に被害が出た場合に備えます!」
それは、打ち合わせ通りだ。僕たちの戦いの余波が、都を破壊する可能性は、どうしても存在する。そういう事態の収拾に、軍隊には当たってもらうことになっている。
と、そのときだった。ひとりの修道士が、こちらへ慌てて走ってきた。手には、なにやら革製の小袋を持っている。
「聖女さま! 言われたもの、ようやく準備できました、が……いいんでしょうか、こんなものを……」
聖女は、修道士から袋を受け取り懐に入れながら、笑顔で頷いている。
「いいのいいの。罰当たりだって? ンなことはないねぇ。私たちはこれからこの都を守る。そのために使うんだから、手段なんて選んでられないさ。こいつも本望だろうよ」
「そ、そうですか……。どうか、ご無事で」
見た目は二十代の、若い女性の修道士だ。
それにウインクをしてから、聖女は言った。
「こっちは平気さ。あんたらは、みんなを守りつつ、自分たちの命も守る。いつも言ってるだろ、ほら――」
「命あっての物種」
「そうだ。じゃあ、もう行きな。ありがとうねぇ」
聖女に言われて、修道士は街の方へと駆けていった。
魔王が、聖女に訊く。
「なんだそいつは? 悪巧みか?」
「まあねぇ。きっと必要になる、戦いのスパイスってところさ。いいところでひとつまみ、きっと効いてくる。私の勘が正しければね」
聖女はぽんと、懐を叩いた。
よく分からないが、頼もしい限りだ。
もうなにか用事は無いか確認をしてから、僕はすでに元の姿に戻って待っていた守護龍の背に乗り込んだ。
持ち物は、弓矢。そして、この戦いのために準備してもらった剣がある。
剣は、兵士長に頼んで、長い刃渡りのものを用意してもらっていた。切れ味はどうでもいい。並大抵の剣ではあの龍を傷つけることすら不可能だ。攻撃力そのものは、最初から剣気で補うつもりだ。
ただ、守護龍に乗って戦うのだから、リーチが必要だった。馬上で槍や、大きな剣が必要なように。
「じゃあ、行きますよ! 勇者さん! みなさんも、準備はいいですね!」
「うん。行こう」
守護龍の言葉に、背中をぽんと叩いて応える。
兵士長が、黙って握り拳を示している。
僕も、黙って拳を示した。
頭の上の魔王も、聖女も、兵士長の娘も、そして守護龍も、同じように拳を示す。
みんなで頷き合ったあと、いよいよ、守護龍は空へと飛び立った。




