第96話 決戦間近 #2
魔王は、なにも答えない。
僕は、聖女を見た。
聖女は、鼻歌交じりに望遠鏡を放さなかったが、こっちが辛抱強く視線を送り続けていると、嘆息してから振り向いた。
目の周りに、望遠鏡の跡がついていたが。肩をすくめて、答えてくれる。
「まー、訊かれちゃったら、答えないとダメか」
「おい……よせ。腐れ聖女。言うな」
魔王が語気を強めて制止しようとするが、聖女は続ける。
「心なんて大層なものを、作る魔物に込めるなんて無理さ」
僕は、ん? と思った。魔王の説明と、いきなり食い違っている。
こちらの顔に気づいているだろうが、聖女は構わず、さらに続けた。
「でも、心を持つ魔物を作ることはできる。……まあ、私に言えるのは、ここまでだねぇ。さすがに、決戦の前に少年に聞かせるようなことじゃないからさ」
「……なぜです?」
「なんでもさ。大人の事情ってやつよ。終わってもまだ覚えてたら、教えてあげるよ。適当に、自分で考えな。聞いたらたぶん、少年は戦う気を無くしちゃうだろうからねぇ」
聖女は、そう言い切った。
一体、どういうことだ。魔王と聖女のふたりは、それが分かっているのか。
守護龍と、破壊龍に、どんな関連性があるのか……。
魔物を作るときに心を入れることはできない。
しかし、心のある魔物を作ることはできる。
どういうことなんだ。
僕が考えていると、聖女が言った。
「ふ、まあ、仄めかすだけじゃあ、そうなっちまうよねぇ。でも少年、そんなに考えすぎるなよ。つまるところ、戦うのは君だ。だから……そうだな、その猫は口うるさく言うけど、少年は少年の好きなようにすればいいのさ」
「おい、腐れ聖女――」
「猫は黙ってな。いいか、少年。君は勇者だ。誰かに認められたからとか、そういう資格があるとか、なるべくしてなったとか、それだけ強いからとか、そんな理由で勇者になったんじゃない。君はねぇ、自然と誰もがそうだと認める、本物の勇者なんだ」
そんなことを言われても、ちっとも実感はないが。
聖女は続けた。
「そんな君だから、君の選択には、意味がある。君が特別だから意味があるとか、そういうことじゃないぜ。いや、そういうことでもあるんだが、そうじゃない。いいか、破壊龍は倒さないといけないが、その戦いの中で感じたことを、君なりに大事にしろ。そうすれば、きっと……みんな、納得できる、そういう結末になるはずさ」
僕は――聖女の言う意味を、頭では理解できなかったが。
聖女の目を真っ直ぐに見つめて、頷いた。
魔王も、なにも言わない。もう、聖女に抗弁する気はないようだ。
一応、魔王に確認をする。
「僕なりに考えて戦います。もちろん、倒すつもりなのは変わりませんけど、なにか気づきがあったら、変なことをしちゃうかもしれません。いいですか?」
「……まあ、仕方あるまい。まったく、決戦前に、話を複雑化させおって。終わってからいくらでも考えれば良かったものを……」
ぼやく魔王。だが、僕の頭をてしてし叩きながら、結んだ。
「小僧の好きにしろ。お前の出す結論は、見届けてやる。無論、気に入らなければ蹴り飛ばすがな。いいな?」
「はい」
「よし。相手は古代文明を破壊し尽くした龍だ。ぬかるなよ」
迷いかけていた心は、これで決まった。あくまでも、僕として考え、それを大事にして、僕として戦う。
破壊龍との戦いの中に、なにが見えてくるのかは分からないが、僕なりの最善を尽くしてみせる。
そしてなにか事情があるのなら、破壊龍のことも救ってあげたい。
聖女は言った。悪い面だけのものは存在しない。良い面だけのものも存在しない、と。
例外は作りたくない。それはもちろん、破壊龍も同じだ。
と――
守護龍は、今の話をちゃんと聞いていたのか、僕に訊いてきた。
「あのう……。今まで、勇者さんのお話の通り、アイツのこと、クソ龍だと思っていたんですけど。アイツにも、なにか……事情とか、あったんでしょうか?」
それに、僕は曖昧に首を振った。
「それは、僕にも分からない。でも……もし、事情があるなら。僕たちが、受け止めてあげないと。暴れるのを止められるのは、僕たちだけなんだからね」
それは、特に考えて言った言葉でもなかったのだが――
聖女はふっと笑って、僕の背を叩いてきた。
兵士長の娘は、目に決意の炎を灯して、頷く。
そして守護龍は、両手を握り拳にして、大きく頷いた。
「はいっ……! 分かりました! あの、私、動物さんと遊んでから、いろいろ、頭の中がぐるぐるしていたんですけど……アイツも生き物なんじゃないかって思うと……」
しかし守護龍の瞳には、そんな迷いの影は、少しも感じられなくなっていた。
「でも! 今の、勇者さんの言葉を聞いて、分かりました! ぶっ殺しちゃうかもしれませんけど、止める! 止められるのは、私たちだけ! その通りです!」
「ああ、良い言葉だったよ。そういうとこさ、少年。あっさりと、そうやってやるべきことに辿り着くんだからねぇ。さすが、生まれながらの勇者だねぇ」
そんなに良いことを言っただろうか?
困惑していると、魔王がすっと、気配を鋭くした。
「ほのぼのしている場合ではないぞ。……来たようだ」




