第92話 守護龍ちゃん #1
龍乗訓練の開始から、今日で三日目だ。
今日も僕たちは朝から守護龍と一緒に空を飛び回っている。
訓練の成果は上々だった。兵士長が酷い目に遭った一日目は、僕たち全員もまた一日の終わりにはふらふらになり、魔王も聖女も酒を控えるという重大事件(いや、珍事か)が起きたほどだったが、二日目にみっちりと飛び回った結果、全員がある程度の耐性を獲得しつつあるのが分かるほどになった。
そして、今日――三日目の成果は、さらに上々だ。
僕はなんとか、守護龍の背に立ち、剣を抜いて振ることができるようになっていた。
だいぶ、コツを掴むことはできたと思う。
重要なのは、初日に気づいたこと――守護龍が翼だけでなく、聖なる力を利用して飛んでいる、ということだった。
かつての勇者は、大陸に黒い龍が蘇ったとき、守護龍がその時代の勇者と協力して戦うということを想定していた。
それを考えると、守護龍の乗り方は、自然と見えてきた。
つまり、自分と守護龍の聖なる力を、同調させるのだ。
乗っている僕は、守護龍の力から、どう動くのかを感じ取る。
乗せている守護龍は、僕の力から、どう動いてほしいのかを感じ取る。
乗るものと乗せるものの力を合わせるというのが、一番大事なことだったのだ。
そのコツをみんなに話すと、あっという間に上達を見せた。
あれだけ苦手そうにしていた魔王も、今では僕の頭にくっついて、余裕で動きに指示を飛ばせるほどになっていた。
聖女と兵士長の娘も同様で、三日目の今日、昼になる頃には、背中で寛げるほどになっていた。
そして、昼過ぎ。
大きな収穫のあった訓練を済ませて、僕たちはお昼の休憩に、兵士のひとりに教えてもらった、丼ものがおいしいというレストランに入っていた。
僕の前にあるのは、普通サイズでも巨大な親子丼。
魔王はカツ丼。聖女は牛丼。兵士長の娘は三色丼。守護龍は、天丼だった。
「丼ものは良い。南の都市の、素晴らしい発明だな。忙しいときに素早く、腹一杯食べられるのが良いな」
魔王は満足そうだった。昨日、一昨日と、空を飛び回った直後は食欲がほとんどなかったのだが、今日はやっと、旺盛な食欲を発揮している。
「で、午後はどうする? だいぶ形にはなってきたけど、まだ続けるのかい?」
聖女が牛丼をかき込みながら訊く。
「そうですね。もうある程度は戦えそうですから……少なくとも、落ちたりすることはなさそうですし。今日は、切り上げます? この二日間、みっちりでしたから、お休みの時間もあったほうがいいですよね」
「賛成だねぇ。たまには地面の上に立たないと、三半規管が馬鹿になりそうだ。少年の言う通り、昨日一昨日と、相当やったんだし。ほら、一緒に飛ぶのに大事なのは、お互いに呼吸を合わせることだろう? 今日は遊ぼうじゃないか。それも役に立つはずさ」
「調子のいいことを言う。だが、まぁ、まだ黒き龍が来る気配もない。小僧は順調に守護龍を乗りこなしておるし、いいのではないか」
「じゃあ、どこ行く?」
兵士長の娘が訊く。僕は、守護龍を見た。
「どこか、遊びに行きたいところはある?」
訊ねると、守護龍は頬にご飯粒をつけたまま、頷いた。
「はいっ。あのう……。遊ぶというか、あの、ずっと気になっていたことがあって」
「なに?」
「私、壁を壊したり、人間さんのお世話してる牛さんやお馬さんを食べちゃったので……あの、それを謝りに行きたいなって……」
肩を縮めて申し訳なさそうな守護龍に、僕は頷いた。
「そうだね。じゃあ、僕たちも一緒に行くよ」
「え? いいんですか?」
「うん。あの黒い龍が目覚めたのは、僕と魔王さんにも責任があるし、無関係じゃないから。一緒に謝りに行こう」
本当は、守護龍が心細そうで可哀相だったから、というのが主な理由だが。
この子は、間違ったことはしていない。しかし、ひとつの誤解が取り返しのつかないことになりかねない、ということもある。
都の人が白い龍を見慣れてきた今が、ちょうどいい謝罪の頃合いでもあるだろう。
僕の言葉を聞いて、守護龍は顔を明るくした。
「お願いします。あのう、ひとりじゃ、心細くて……」
「分かるよ。僕も子供の頃、隣の家の柿の木の枝を折っちゃって。父さんに怒られてさ。それで、謝りに行くまでは、すっごく恐かったな」
「お兄ちゃんも、そういうことしてたんだ?」
面白そうに言ってくる兵士長の娘に、僕は頷いた。
「そりゃあね。でも、ちゃんと許してもらえた。柿の実ももらっちゃった。ちゃんと謝りに来たのは偉いって。次からは、柿が欲しかったらちゃんと言いなって言われたっけ」
聖女は、僕の言うことを聞いて笑っていた。
「そういうもんさ。子供が『柿の実をください』って言えば、みんな喜んでくれるものだよ。要求があれば、物怖じすることなく、ちゃんと言うのが大事さねぇ。世の中ってのは、思っているよりも優しいもんだよ。それに、上手く甘えられるようにならないとねぇ」
「お前はなんだ。いいこと言うキャラになったのか?」
「ふふん。日頃から言っておけば、いつぞやの恥も薄まるだろ?」
「そのためにクサい言葉を連発するというのは、本末転倒だろうが」
「……そうか。そうとも言うねぇ」
魔王の言葉に苦笑しながら、聖女は煙草に火をつける。




