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始まりの魔王と終わりの勇者  ~猫になった最凶魔王と天然最強勇者のハチャメチャ144日間大陸救済旅~  作者: 式見 汀花
第二章 東の都 ~いろいろとデカい都~

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第91話 龍を駆る兵士長

 地上に降りると、昨日よりはマシな感覚だった。魔王はまだ、僕の肩の上でぶつぶつ言っていたが。


 と、聖女、兵士長の娘と一緒に立っている兵士長が目に入った。一緒に見物してくれていたらしい。

 降りてきた僕を見ると、彼は言った。


「いやぁ、サマになっておりますな。龍を駆る勇者。男なら誰もが憧れますものなぁ」

「お父さんも、こういうの好きだったの?」

「おうとも。まぁ、私は力が足りず。勇者にはなれなかったがな。先代の勇者どのもな、素晴らしい剣の腕前であったんだよ。彼は、教えるほうも上手かったがなぁ」


 そんなことを娘に語っている。

 そして、それを聞いて、魔王が僕に耳打ちしてきた。

 提案を聞き届けて、僕は頷いた。面白そうだと思った。


「兵士長さん」

「ん、なんですかな、勇者どの」

「兵士長さんも乗ってみません? 慣れてくると、ものすごく気持ちいいですよ。眺めも、どんな高い建物よりも高いですから。大陸を海岸線まで一望できるほどです」

「な、なんと……。し、しかし。……いいんですか? 守護龍の背など、本物の勇者しか乗ってはいけないのでは?」

「誰もそんなこと決めてないですよ。守護龍さん、乗せてあげられる?」

「はいっ、大丈夫ですよー!」


 と、僕と魔王の企みを機敏に察知したらしい聖女と兵士長の娘も、背中を押し始めた。


「よかったじゃん、お父さん。なかなかないんじゃない? こういう機会ってさ。乗ってみなよ。私たちばっかりっていうのも気が引けるし」

「そーそー。都を守る兵士長として、一回上空から見て回るのもいいんじゃないかい。それこそ、なんだか都の守護者、って感じじゃないか」

「い、いいんですか。で、では……」


 僕たちに言われて、兵士長は満更でもなさそうに進み出てきた。

 そのまま、守護龍の背によじ登る。

 背にしがみついた彼は、控えめに言っても、目は少年のように輝いていて、とっても嬉しそうだった。


「いやあ……! 夢のようですな! まさか、この歳で龍に乗ることになるとは!」

「嬉しそうでなによりだな。守護龍よ、サービスしてやってくれ。遠慮なく、さっき言っていたぐーるぐーる行くヤツとか、たっぷりと体験させてやってくれ」

「ぐ、ぐーるぐーる?」

「はい、分かりました! 兵士長さん、しっかり掴まっていてくださいね!」

「ちょ、ちょっと待った、ぐーるぐーるとは――おっ、おおっ!? んおぉっ、おおおおぉぉぉぉほほほぉぉぉぁぁぁぁぁぁ――」


 すごい速度で、守護龍は上昇していった。

 兵士長は、状況を理解できないまま、訊ねようとした言葉がそっくりそのまま、悲鳴に変化した。


 僕と魔王は、聖女、兵士長の娘と並んで、上空を観察した。

 白い小さな影が、ぐーるぐーるとしか言いようのない軌道を、猛スピードで飛んでいるのが分かる。


「……大丈夫かねぇ、あれ。重力の負荷で死ぬんじゃないかい? あんなハッピーな感じの飛び方しちゃってさぁ」

「んー。お父さん、鍛えてるし。大丈夫でしょ」


 娘はうっすら笑顔で、毛ほども心配していないようだ。

 なんとなく、遙か上空から、悲鳴のようなものが聞こえる気がする。天高くを飛んでいるのだが、兵士長の声は、やっぱり相当大きいようだ。


 運動場で訓練していた兵士たちも、なにごとかと足、手を止めて空を見上げ始めた。


 その間にも、守護龍は空を自由に飛んでいる。

 傍目には、背中に乗っている人を振り落とそうとしているのではないかと勘繰ってしまうような、複雑な軌道だ。


「守護龍さんの背中に乗って戦うからには、あれくらいの動きに慣れないといけないんでしょうか?」

「考えたくもないが……。しかし、兵士長、気の毒にな」


 提案の言い出しっぺなのだが、魔王はなんだか、本当に気の毒そうに言っていた。


 大体十分ほどして、守護龍は降りてきた。

 地上に降り立つと同時に、龍の背から、殺虫剤を浴びた虫のように、兵士長がぽろりとこぼれ落ちてきた。


 僕たちは、慌てて駆け寄った。


「だ、大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫です……。ヴェッ、げほっ、大丈夫ですとも……ウェッ」


 相当やられていた。

 顔は蒼白で、足元はふらついている。

 が、彼は訓練中の兵士が手を止めて気づかわしげにしているのを見てとったのか、立ち上がり、鋭く言った。


「誰が手を止めていいと言った! 巨龍の襲来はいつか分からんぞ! 稽古こそ本番のように! 本番を稽古のようにこなせるよう、常に励み続けろ!」


 それに、応、と答えて、兵士たちは訓練に戻っていく。

 それを見届けてから、兵士長はうずくまった。


「だ、大丈夫ですか? ホントに」

「ええ、大丈夫ですとも。うっ……。兵士長は、どんな状況であろうと、慌てず騒がず狼狽えず。常に兵士たちの手本であらねばなりませぬゆえ。大丈夫だと言い聞かせていればこのとおり、ほら、ウッ、大丈夫ですとも」

「そうですか? 斜めになってますけど……」


 平気をアピールしようと腰に手を当てて胸を張ってみせる兵士長だが、地面に対して垂直に立てていなかった。

 僕の言葉には、豪快に、はっは! と笑ってきた。


「ご冗談を。平衡感覚もばっちりです。ちっとも、全然平気でございます」


 そこまで言って、彼は訓練中の兵士を示した。


「全然平気なんですが、勇者どの、私はちょっと、かわやに行ってまいります。申し訳ありませんが、兵士どもの様子を見ておいてやってくれませんか」

「それはいいですけど……大丈夫ですか?」

「はっはっ。心配無用です。なんともありません。大したことありませんな、龍の背というのも。ですが、ちょっと厠に行ってまいります。失礼」


 と、ぎくしゃくした動きで、兵士長は運動場を後にしていった。

 見送って、まず言ったのはその娘だ。


「やせ我慢……」

「だが、見事だな。やせ我慢であろうと、あそこまで虚勢を張れるというのは、大したものだ。さすがは次代の勇者の父だな」


 魔王が、素直に感嘆している。

 ふとなにかを思い出したように、聖女が言った。


「そういや、兵士長さん。最初に守護龍がこの都に来たとき、市壁の上から弓隊を指揮してて、壁がぶっ壊れたときに転落してさぁ。二十メートル落下して、大怪我したんだよねぇ。守護龍ちゃんには、あの人、毎度ひどい目に遭わされてるねぇ」


 それに、場がしんとなる。改めて聞くと、よく死ななかったな、としか思えない。

 聞こえたのは、不安そうな守護龍の声だった。


「あ、あのう……。あとで、謝っておいたほうがいいですよね?」

「え? 別に、そんな必要ないと思うけど……。兵士長だから、有事の際に怪我するのなんて当たり前だし、さっきも、自分で乗りたいって言って乗ったんだし」


 娘の非情な一言だった。父親に厳しい年頃、というやつなんだろうか。

 ともかく、兵士長は、三十分ほどして戻ってきた。


 さすがの気力、胆力と言うべきか、傍目には異常が分からないほどには、身体を戻してきたようだった。元気よく、兵士たちを指導し始める。

 守護龍は大怪我させてしまったことも含めて、改めて彼に謝ったが、兵士長はがははと笑い飛ばしていた。よくできた人だと思った。


 それからは日が暮れるまで、僕たちは守護龍と一緒に、上空での龍乗訓練に勤しんだのだった。


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