第90話 守護龍の背 #2
大体上空を二周ほどして、彼女は訊いてきた。
「あのー、勇者さん、お喋りは?」
「ご、ごめん。も、もうちょっとゆっくりできる?」
「ええっ、これよりも遅くですか? 忍び足モードですよ、それじゃあ」
「ごめん、その、生身の人間には刺激がね……」
僕は、なんとか答えた。肩の上の魔王は、がっちりと身体を強張らせて、僕にしがみついている。
なんとか、速度を時速六十キロくらいまで落としてくれた守護龍は、旋回しながら話しかけてきた。
「でも、この時代は空を飛ぶ乗り物がないみたいですから。みなさん、慣れてないんですねー。勇者さん、空を飛ぶのは初めてですかー?」
「うん、そうだね。君の時代には、空を飛ぶ乗り物が当たり前だったの?」
「はいっ。空飛ぶ絨毯とか、知りませんか?」
「そんなのは、おとぎ話でしか聞いたことないなぁ。他にもある?」
「はいっ。空飛ぶ椅子、空飛ぶ机、空飛ぶお釜とかもありましたよ!」
「椅子、机はともかく、お釜?」
「はいっ。くるくる回って飛ぶんですよー」
「昔のものは、なんでも飛んだんだね」
「はいっ、お馬さんや、牛さんも飛ぶのがいました!」
「ホントになんでも飛ぶんだな……。ベッドが飛んだりしない?」
「ベッドが飛ぶわけないじゃないですかー!」
どういう基準なのか、さっぱり分からなかったが。
そんな具合で飛び続けていると、魔王が言った。
「ちょっとは慣れてきたぞ。もう少し、スピードを上げてみろ」
「守護龍さん、聞こえた? 魔王さんが、スピードを上げろって」
「え? はいっ、分かりました! じゃあ――上げまーす!」
「ば、馬鹿っ、誰が倍以上のスピードにしろと――きゃああああああああ!」
おそらく、魔王は時速八十キロに戻せ、くらいの感覚で言ったのだろうが。
いきなり、守護龍は急加速した。
周囲の景色が線のようになって流れていく。吹っ飛びそうな身体で、なんとか守護龍の背にしがみつく。
そんなふうに乗っていて、僕は不思議に思い始めた。
龍の翼の動きとは別に、推進力が生まれている感じがあるからだ。
おそらく、守護龍は僕の剣気と同じもの――聖なる力を噴射するような感じで、こういう加速を得ているのだろう。
僕は小さい頃、聖女に習った剣気の応用方法を思い出していた。
剣気は、勇者が使用する場合、便宜上剣気と呼ばれるが。その正体は魔法と源を同じくする生命エネルギーであり、工夫次第で様々な使い方ができる――そう僕に教えてくれたのは、そもそも聖女だった。
広く知られているのは、その力を剣に纏わせて、切れ味を上げる、というやり方だ。剣気を周知させた大昔の達人が、そのように使っていたという。だから、剣気と呼ばれるのだが。
しかし、聖女は、完全に剣気を知覚できる僕には、いろんな使い方や可能性がある、ということを説明してくれた。
足に剣気を集中させ、踏み込みと同時に爆発させるように解放すると、すさまじい速度で突進できる、とか。全身に纏うことで、炎や風雨だけでなく直接的な攻撃からも身を守る防具にできる、とか。
最終的に僕は、剣に纏わせた剣気を鋭利にして飛ばす、という技を身につけた。
限りなく薄く剣気の刃を作ることで、どんなものだろうと両断できるし、距離が離れていても関係がない。
剣気を刀身に纏わせて普通に戦っている状態から、即座に飛ばすこともできた。
たとえば相手が剣を躱そうとバックステップをしたら、それに合わせて剣気を飛ばせば、確実に殺傷できる。
僕の編み出した、必殺技だった。
守護龍は、それと同じ発想とか理屈を使って、空を飛んでいるんだな――
内臓が押しつぶされそうな感覚を味わいながら、僕は、そんなことを考えていた。
ぼくらが黙ったのを不審に思ったのか、守護龍はすっと停まった。
「あのー、大丈夫ですか?」
「う、ううん……。自分の技の歴史を振り返るくらいには、死ぬかと思ったところ」
「ご、ごめんなさい。魔王さんは?」
「……死ぬかと思った」
魔王は、ドスの利いた声で言った。
どうでもいいが、悲鳴を上げる魔王というのは、北の山で初めて飛んで以来だ。
普段はややハスキーな、低めの声で喋っているのだが。悲鳴は甲高い。もしかして、頑張って魔王っぽい声を作っているのだろうか。あるいは、緊急時であれば、女の人はみんな、ああいう高い声で悲鳴を上げるものなのだろうか。
それについて訊ねたら殴られるのは分かっているため、胸にしまっておく。
それから、ひとまず僕たちは地上へ降りることにした。時間にして、一時間弱だろうか。一応は、経験になったと思う。




