第86話 ステーキハウス #2
それを見て、守護龍が誰にともなく、言った。
「みなさん、とっても楽しいです! なんだか……勇者さんを思い出しますっ!」
「それは、君を作った勇者?」
「はいっ。みなさんみたいに、笑いの絶えない、とっても面白い人でした」
言い切る守護龍を見て、一体どんな人だったのかと思う。ひょっとして、僕みたいに歌を歌ったりしたんだろうか?
それから、守護龍は言い足した。
「あの龍が蘇ってしまったことは、とても残念ですけど。でも、ちょっとだけよかったかなー、なんて思っちゃっていたりもして……」
「そう? なんで?」
「いえ、そのおかげで、こうしてみなさんに会えたので。でも、よくない考えですよね。ごめんなさい、私、アイツをぶっ殺してみなさんを守らないといけないのに!」
謝る守護龍を見て、聖女は笑っていた。
「どんな物事にだって、いい面と悪い面ってものがあるもんさ。悪い面だけってのは、まあ……まずない。反対に、いい面だけってのも、まずないけどね。でも、だからこそ、みんな生きていけるのさ。とんでもないくらいに悪いことが起きたって……探せばどこかに、良いことは転がってる。それがパンくずひとつ程度でも、米粒一粒程度でもね、それさえありゃあ、生きていけるもんなんだよ」
テーブルが静まり返る。みんなが、ぽかんとして聖女を見ていた。
やがて、聖女は酔いを原因とせずに、顔を赤らめ始めた。
「……やべえ、今のなし。ガラにもないにもほどがあるわ。忘れろ」
それとなく言うのだが、全員、まだ黙っている。
聖女はそわそわと、煙草に火をつけ始めた。羞恥心のせいか、酔いのせいか、手が震えている。
と、魔王が言った。
「なあ、腐れ聖女よ」
「……なんだい」
「さすがに、今のは……クサすぎるぞ」
「わ、分かってるよ。なんか気持ちよく酔ってるから言っちまったんだよ」
「なにに酔ったんだ。自分にか」
その言葉に、兵士長の娘がぷっと吹き出した。
聖女は、髪をかき上げてますます赤面した。
「いいから忘れなって! おい、少年、忘れたよな!?」
「いえ。普通に良い言葉だったんで、ずっと覚えときます」
「やーめーろー! ドSか!? せめて笑ってくれ! 『この人、いいこと言ったな』みたいな目で見るな! 私は元魔王だぞ!? 一応プライドってもんがあるんだよ!」
あったのか、と、むしろそっちに僕は驚いたが。
「私も覚えとこ。シスターらしい、いいこと言ってたし」
「はいっ。眠りについても、きっと私も覚えてます!」
「やめろー! クソ、マジで忘れてくれないと、本気でガチの忘れろビーム撃つぞ!」
と、聖女は人差し指を立てて狙いをつけてきた。
それを見て、全員で慌てて手を振る。
「待ってください。たまに思い出すくらいにしておきますから。ビームはなしで」
「……オーケー。それで手を打とうじゃないか」
聖女は手を下ろした。
打つんだ、と内心で思ったが。
聖女ははあ、と息をついた。
「もう、酔いが覚めちまったよ。なあ、少年。お詫びに一緒に風呂入ろうか」
「イヤです」
「ちっ」
「ふろ?」
と、守護龍が言葉に反応した。それを見て、聖女が説明する。
「湯船に熱ーいお湯を入れてねぇ、人間はそれに浸かって、一日の疲れとアルコールを飛ばすのさ。そういや、そういうのは知らないのかい」
「はい。人間の文化については、あんまり学習していません。勇者さんは、そういうことをたくさん知りすぎると、かえって良くないかも知れないからって……」
そうか、と僕は頷いた。
この子は、好奇心旺盛な性格をしているように思う。そう作られたのか、長い――長すぎる孤独が、そんなふうにこの子を変えたのか、分からないが。
人間の文化について学ぶ、知るということは、深く肩入れする、ということでもある。
守護神としてのこの子には、時としてそれは残酷に働いてしまうかもしれない、という、往時の勇者の配慮だったのだろう。
しかし、お構いなし、という具合に、聖女は言った。
「そりゃ、もったいない。宿に風呂があるから、入れてあげるよ。少年がイヤだって言うから、お姉さんと一緒に入ろうじゃないか」
「えっ。いいんですかっ?」
「ああ。あとは、ふかふかのベッドで寝てみたくないかい?」
「ベッドは知ってます! 寝てみたいです!」
無邪気にはしゃぐ守護龍。
それを見て、魔王が目を細めて言う。
「……馬鹿者め。それでは、かえって辛くなろうが」
聖女への言葉だったのだろう。
しかし聖女は、くわえ煙草で、不敵に笑った。
「できることは、してやるもんさ。生きるってのは、ロクでもないことばかりだよ。でも、どんな小さなことでも、どこかに楽しいことはある。そして、一緒に馬鹿やれる仲間がいれば、どんなことにだって価値はあるもんさねぇ。何年もひとりぼっちだったんだ。それを取り返すことの、なにが悪いってんだい」
「また、クサいことを……」
「ふっ。でもこいつは、アンタへのメッセージでもあるんだぜ」
聖女は、いつの間にか魔王を見ていた。
「それをどう解釈するか、それはアンタに任せるよ。もう子供じゃないんだからねぇ。でも、見ちゃいられないところもある。これは、アンタの師匠だった私からの、最後のメッセージみたいなもんさ。この街の戦いとその終わりは、少年が力を取り戻したりするためだけじゃない。お前が気づき、成長するためでも、あるんだぜ」
真剣な、聖女の言葉だった。
それに、魔王はしばし、同じように真剣に聖女を見つめ返してから、ふいと顔を背ける。
「……くだらん」
「くだるのかくだらんのか。それを最終的に決めるのも、アンタさ。でも、きっと通じるって私は確信してるよ」
それから僕を見て、またウインクしてきた。
「な、少年」
「はあ。いや、よく分かりませんけど」
「こっちの話さ。さーて、じゃあ、腹もいっぱいになったし、帰るとするかねぇ」
言いたいことを言って満足、という風情で、聖女は大きく伸びをした。
五人揃って夜の街を歩く、というのは、この街に来て数日で、やっと初めての体験だった。満腹の身体に、夜風が気持ちいい。
宿に着くと、守護龍は、ベッドだけでなく、部屋の調度品など目につくものすべてに興味を示して、どんなものなのかを聖女や兵士長の娘、魔王、僕から説明されて、大喜びしていた。
お風呂にも、聖女、兵士長の娘に入れてもらい、ホカホカの湯気をあげて、感激しきりだった。
極め付けは、ふかふかのベッドに、兵士長の娘、聖女に挟まれて寝ることになり、お風呂上がりよりも喜んでいた。
魔王は、その様子を見て、寂しい笑みを浮かべていた。が、基本的には、嫌がらずに付き合っていた。寝るときも、守護龍の傍で丸くなっていた。
そして僕は、幸せそうな四人を眺めつつ、ひとりで椅子で寝た。




