第85話 ステーキハウス #1
僕たちはステーキハウスに飛び込むと、それまでの龍酔いはどこへやら。特に魔王、聖女という健啖家はメニューを見ると、己の不覚の鬱憤を晴らすためか、いつにも増して真剣に料理を選び始めていた。
「ほう、ほう……。焼き加減、部位、重量、ソース、それらを客で選べ、と……。気に入った。気に入ったぞ。素晴らしい店だ」
「たまんないねぇ。なぁ、全員違う肉にしよう。それなら昼みたいにさぁ、いろいろ食べ比べられるじゃないか。あ、少年、適当に私の分の野菜も取ってきて。あとは……ワインはまぁ、赤か。安いやつでいいな。量いきたいしねぇ」
そんな具合に盛り上がってしまっているので、僕と兵士長の娘でサラダを取り、その間にチーム魔王が肉の注文を済ませる。
そして店員が肉を運んでくると、全員が拍手喝采だった。
肉食獣さながらのチーム魔王の勢いはすごかったが、入店からずっと目を輝かせていた守護龍は、兵士長の娘からカトラリーの使い方を学びつつ、初めて食べるという人間の食べものに終始感動していた。
守護龍の食事量が、唯一と言える懸念だったが。人間の形をしているときは、その食事量も見た目通りになるらしく、僕らの中では一番少ないくらいの量で満足していた。
そして、時刻は午後十時頃。珍しく、聖女も魔王も潰れていない。
食事の終わったテーブルで、僕たちは談話を楽しんでいた。
「今日は珍しく深酒してませんね」
僕が言うと、聖女はウインクをして、ワイングラスを傾ける。
「まぁ、決戦も近いわけだしねぇ。さすがに連日連夜当たり前にぶっ潰れるってのも、ってことよ。私は本来、慎み深い聖女だからさぁ」
彼女はグラスを空にすると、自分でまた新しく注ぎ始める。まだ潰れていないから余裕をこいているだけで、このまま喋っていたら結局、いつも通りという気がする。
同じくワインを味わっている魔王も頷いていた。
「これほど良い肉を食って潰れるというのもな。なに食ったか忘却するほど呑むというのは無礼というものだ。それにしても料理人、良い仕事であった」
魔王は、このステーキハウスが心底気に入ったらしい。食べている最中はほとんど無言で、口を開けば、再来店して全肉、全ソース、全部位制覇するぞと興奮していた。
兵士長の娘は、例によって父親とたまに来るらしく、自分で食べることより、おいしそうに食べる面々を見て、満足そうにしていた。
彼女は、ぼくを見て言ってくる。
「お兄ちゃんも、満足した? おいしいでしょ、ここのお肉」
「うん。もう、満腹だよ。でも……」
「でも?」
「この東の都の思い出が……。なんだか、食べものばかりになりそうでね。甘味屋のパフェ、僕は食べてないけど、どて煮、おでん。あとは焼き鳥。山で食べた、お弁当……」
「ふふっ。いいじゃない。なんか、幸せな感じで。戦闘ばかりとかより、全然いいと思うな、私は」
「でも、なんかあんまり勇者の旅っぽくないような……」
「お兄ちゃんが、普段遊ばなさすぎなんだよ。たまにはこうやって羽を伸ばさないと」
「そうかな。確かに、最初の旅の時は……あんまり余裕もなかったっけ。ひたすら、街の人の依頼というか、困りごとを解決することしか、考えてなかったなぁ……」
「お兄ちゃんが、それで潰れるとは思わないけど。でも、たまにはご褒美というか。自分の好きなこととかやったほうがいいと思うよ」
「うん。貴重な助言として、覚えておくよ」
僕は笑って頷いた。それから、みんなを見る。
「でも、こうしているだけで、とても楽しくて。僕には十分すぎるご褒美だよ。特に、この都は……なにもかも大きいことばかりで。とっても楽しい」
街が大きい。食べものが大きい。仲間は多い。そして、敵も今までにないほど大きい。
これが楽しくないわけがない。
でも、この街での時間も、いよいよ終わりに近づいている。
そう感じると、しんみりした言葉が、口から漏れる。
「今にして思うと、全部面白かったよ。ほら。とんでもない急加速で内臓が裏返りかけたのも。山の麓で、とんでもない魔物に――」
「ストップ! お兄ちゃん、それはやめて!」
「そう?」
「もー、せっかく忘れてたのに! 私にとって、あんな魔物、もう、一生出会いたくないんだから!」
本気で嫌がっている兵士長の娘にみんなで笑う。
笑いついでに、守護龍がなにか思い出したようだった。
「私は勇者さんのお歌が、まだ忘れられません」
「ああ、そう? まあ、僕もあの体験は一生忘れないけど」
「くっくっ……。やめとくれ。思い出すとまた笑えるから」
「歌いましょうか? 今」
「だから、捨て鉢になるなって少年!」
悲鳴を上げる聖女に、またみんなが笑う。




