第74話 イヤな魔物
「ねー、虫とかの魔物って多いの?」
「うむ。いろいろ作ったぞ。盛り上がると思ってな」
「いや、全然盛り上がんないし……。クモとか、作った?」
「小娘は蜘蛛嫌いか? そういう弱味を、勇者は見せるなよ。戦って克服しろ。嫌いな虫はなんだ?」
「ええー。基本的に虫って全部気持ち悪いでしょ? チョウチョも、元がイモムシだって思うとなんかダメな感じだし……」
「贅沢を言うな。お前がもし小僧の後を継ぐことになったら、先が思いやられるな。洞窟なんかには、その手の魔物がウヨウヨしているぞ。巨大蚯蚓、巨大蠍なんかは、小僧が入った魔水晶鉱山にもいたからな」
「さっ、最悪……。ねえ、でも、その……。ゴキブリとか作ってないよね?」
「ゴキブリ? ゴキブリか……」
「つっ……作ったわけ?」
「作ったというか、まぁ……不快昆虫の類は、大体コンプリートしたぞ」
「えっ!?」
「文句は私に言うなよ。魔王城に昆虫図鑑なんかが置いてあったのが悪い。そんなものを置いておいた、以前の魔王に言え」
「作ったのは魔王でしょ! 責任転嫁しないでよ!」
「まあ、そうだが。小娘、ゴキブリ嫌いか。教えてやろう。ゴキブリというのは、屋内ではなく、屋外に棲むものだぞ。住居内で見かけるのも、家に棲み着いているわけではなく、外から侵入してきた個体というケースがほとんどだそうだ。だから、姿を見たくなければまずは侵入させないようにする、ということがベターらしいな」
「詳しいわね」
「あれを見るとメシがまずくなるのは、私も同じだからな。そうそう、大きい種類のヤツは、特に、外に棲んでいるものらしい。こういう、森林なんかにな」
「えっ……」
と、タイミングよく、近くの草むらががさがさと鳴った。
全員で、そちらを見る。
僕は、目を疑った。
子犬くらいの大きさがある、今まさに話題の主役だった黒光りする虫が、十匹ほど集まって、日なたぼっこをしているのだ。
そのうちの一匹が素早く移動して、音が鳴ったらしい。
「いっ――」
兵士長の娘は、震えていた。
すうと息を吸い込んで、それを爆発させる。
「いやあああぁぁぁぁあ!」
その大音声に驚いたのか、巨大ゴキブリ型の魔物の群れは一斉に動き出した。
速い。すごい速度で向かってくる。
最悪だ。最悪すぎる。こんな最悪な敵と相対したのは、初めてだった。
僕はためらいなく、剣気を身体から呼び起こした。
足元を通り抜けていこうとした一匹に、思い切り剣を突き立てる。
ぎしい、と、なんだか気持ち悪い鳴き声のようなものと、白い体液を漏らして肢をじたばたさせている。
鳥肌が立った。
気持ち悪すぎる。剣が抜けない。抜いたらこいつは死なずに動き回りそうだ。どうして、なかなか死なずにしぶといという特性まで忠実に再現してしまったんだ、魔王は。
僕は剣を動かせないまま、心配になって兵士長の娘を目で探した。
彼女は、半狂乱になって無我夢中で剣を振り回していた。
「いやぁー! いやっ、いやっ、いやっ! ぎゃあああ!」
振り回した剣が、でたらめな軌道だが的確に、ゴキブリを一匹ずつ斬り捨てていく。
信じられない動きだった。完全に目を閉じて、混乱した素人にしか見えない動きなのだが、素早いゴキブリを、一刀で仕留めている。
と、相対した一匹が、嫌な音と共に、羽を開いた。
最悪なビジュアルだ。
そしてよりによって、彼女はその時に、目を開いてしまった。
真正面から、兵士長の娘の顔目がけて、ゴキブリが飛び立つ。
「ぎゃあああわわわぁぁぁぁ!」
すさまじい速度で剣が奔った。僕の目にも一筋の閃光にしか見えないほどだった。
彼女は、一撃でゴキブリをはたき落とした。地面に墜落し、腹を見せてもがいているゴキブリに、悲鳴を上げながら剣を振り下ろす。
「イヤッ! イヤッ! イヤッ! イヤッ!」
ひたすら、振り下ろしている。次第に、声が変わっていく。
「くそっ、ちくしょうっ、死ねッ! 死ねッ! この! この! この!」
混乱しているようだった。もうゴキブリは粉々になっているのに、土を耕すように、剣が止まらない。
僕も止められず、見守るしかなかった。
数分ほどして、ようやく手が止まった。気が済んだようだ。僕の足元のゴキブリも、もう動きを止めていた。
僕も念入りにとどめを刺してから、声をかける。
「あの……。大丈夫?」
「全然……大丈夫じゃ……ない……」
肩で息をしている。
「猫さぁ、ゴキブリはキモいって。私も少女だった頃はめっちゃキモかったもんねぇ。今はまぁ、これくらいでキャーキャーなんて言わないけどさぁ。ドン引きよ」
と、聖女が言った。彼女のほうは、飛んできたゴキブリを素手で叩き落として、踏み潰して殺していた。強すぎる人だ。
さすがに、ちょっと反省した様子で、魔王が言う。
「うむ……まさか、相対するとこうもキモいとはな……。小娘よ、元気を出せ。今の太刀筋は見事だったぞ。死線をくぐり抜けることで実力は底上げされるのだ。小僧との距離は縮まったぞ」
「……全然、嬉しくないから……」
振り乱していた髪を整えて、彼女はやっと、剣を収める。
それから、魔王は言った。
「しかし、油断するなよ。他にもいるかもしれんからな。なにしろ、一匹見たら三十匹いると思えと言うだろう」
「えっ!? 今何匹いた!?」
慌てて周囲を見るが、ゴキブリの死体など見たくないらしく、すぐに目を逸らす。
そんな彼女に、魔王はまたも言った。
「あと百匹も相手すれば、小僧にも勝てるようになるのではないか? 頑張れ小娘」
「絶対イヤッ! お兄ちゃん、早く! 先行こう!」
やっぱり、魔王は人の心というのが分からないらしい。
それに苦笑しながら、僕は考えを改めていた。
やっぱり、魔物は魔物だ。少なくとも今は、見敵必殺という気持ちでいなければならない。少しの慈悲も無用だ。
さっさと歩いていく兵士長の娘の背中を、僕と聖女は早歩きで追いかけた。




