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始まりの魔王と終わりの勇者  ~猫になった最凶魔王と天然最強勇者のハチャメチャ144日間大陸救済旅~  作者: 式見 汀花
第二章 東の都 ~いろいろとデカい都~

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第72話 魔物という命 #2

 足元の魔物の死体を一瞥して、それを跨いでいく。


 僕は、魔物も極力殺したくはない。そう思っているのは本心だ。

 だが、完全なる邪気の塊であるということも理解しているので、正直なところ、殺しても心は痛まない。


 たとえるなら、家畜との関係に似ている。

 牛や豚、鶏を殺して食べる。それ自体は、可哀相だと思ったりもする。

 が、だからといって、僕は肉を食べることをやめたりはしないだろう。そういう感覚が、一番相応しい気がした。


 勇者である以上は、魔物との戦闘は避けられない。どこかで割り切らねば、自分が死ぬことになる。さすがに魔物に殺されることを是とするほど、僕は達観できていない。


 偽善的な考えなんだろうか。僕には分からない。


 ただ、魔物たちにとっても、今の状況は不幸極まりないものだと思う。

 魔王によって製造された、仮初めの命。形はいびつで、どれも今ある生命の模倣かなにかでしかない。なにかを傷つけるためだけに生まれてきて、なんの目的もない。


 僕と魔王が、北の封印されしものを抹消すれば、きっと大陸から魔物はいなくなるはずだ。大元がなくなるのだから、少なくとも、そいつから漏れる邪気で魔王が製造した魔物はいなくなるという理屈だ。


 それを考えると、やっぱり、なんとも言えない気分になる。

 なんの目的も、意思もないのなら――いっそのこと、消えてしまったほうがいい、というのは、正しいことなのだろうか。


 家畜や、魔物のように、世の中には、殺されるべくして存在する生命も存在する。

 そしてそれは、家畜や魔物だけではない。

 魔王と勇者も、同じものだ。


 勇者に殺されるために存在する魔王。魔王に返り討ちにされてきた勇者。

 魔物に同情してしまうのも、一種の共有感からかもしれないなと思った。同病相哀れむとか、そういう感じだ。


 北の封印されしものがいなくなれば、勇者と魔王で、最終決戦をすることになると、魔王は言った。


 その時、僕はどうすればいいのか。

 おぼろげながら、結論は見えている気がしていた。

 魔王は言った。魔王と勇者、その図式そのものがなくなると。


 僕も、そうしたい。

 それを思えば、選び取れる選択肢は、ひとつしかない。

 それを恐いとは思わなかった。

 少なくとも、自分でそれを選ぶ、という意思があるからだ。


 僕は、足を止めた。


「あ、お兄ちゃんもチョコ食べる?」

「ああ、ちょっと待って」


 振り返りながら、呼吸で適度に間隔を数えて、右、左と剣を振るう。

 凄まじい速さで飛び掛かってきた猿の魔物が、胴体から両断されて、地面に転がる。


「やっぱり、僕はいらないから。三人で食べていいよ」


 それから、歩みを再開させる。

 しばらく進むと、兵士長の娘が僕に追い付いてきた。聖女も。


「ご、ごめんお兄ちゃん。怒った?」

「いや……。全然、怒ってるとかじゃないけど」

「でも、なんか浮かない顔してるよ」

「ああ。それは、ちょっと歩きながら考えごとしてたから」

「考えごと?」

「うん。殺されるためだけの魔物って、哀れだなって」


 わざとらしく言うと、兵士長の娘も、ちょっと暗い顔になった。


「お兄ちゃんも、そう思うんだ?」

「君も?」

「うん」


 彼女は、すんなりと頷いた。


「私も、お兄ちゃんほどじゃないけど。魔物の攻撃とか動きは、全然見えるようになってて、一方的に殺す感じになってきて。で、そうなったら……なんか、ヘンな感じっていうか。ほら、台所にゴキブリが出るとするでしょ? で、叩き殺すじゃん」

「うん」

「でも、なんか……ある日、ふと思わない? 殺すことが当たり前だけど、これもまた、命なんだって。でも、また見かけたら、嫌悪感全開でぶっ殺しちゃうんだけど」

「ああ、うん。なんとなく、分かるよ」


 僕は頷いた。

 それを聞いてか、魔王がやれやれと言ってくる。


「生温い考え方も大概にしておけよ。割り切れ。命とは、他の命を奪うことで成立しているのだ。動物から植物まで。有機物から無機物まで。なにかを糧として生きているのだ。みんな生きているんだと同情するのは勝手だが、ゴキブリやダニ一匹の死にまでいちいち花を手向けるのは、ただの馬鹿だぞ」


 それに、と魔王は付け足した。


「勝手に細々と思考できる人間特有の傲慢さよ。ゴキブリだって、お前たちに同情されるいわれなどない。どの生命も、好き勝手に生きているだけだ。勝手に感情移入され、勝手に同情されるなど、それこそ向こうからすれば、嘗めるなの一言であろうよ」

「それは……そうかもしれませんね」

「そうだ。そして魔物は、邪気で作られたもので、生命ですらない。一片の同情もするな。そもそも、魔物を殺し、ひたすらに殺し、経験を積み、力をつけて、魔王を討伐する。そうできるように、私は魔物を作ったのだ。殺すことこそ、正しい使い道だ。思慮を巡らせるなら、まずは制作者の意図を汲めよ、馬鹿ども」

「魔物は、勇者のトレーニング相手ってこと?」


 兵士長の娘が、魔王に訊く。


「そうだ。すべては、力ある勇者を生み出すため。そのためだ。おっと、それに伴う副次的被害については聞かぬぞ。そうせねば、全体が滅ぶのだからな」

「ふうん……。でも、魔王って……ホントに、いろいろ考えてたんだね」

「当たり前だ」


 と、ふたりの会話を聞きながら。

 勇者の力をつけるために、魔物は作られたという話を反芻はんすうしていた。

 そして、気づく。

 魔王は、きっと、単なる勇者の餌として魔物を作ったのではない。


「気づいたかい、少年」


 兵士長の娘たちには聞こえない程度の大きさで、聖女が話しかけてきた。


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