第71話 魔物という命 #1
「やあっ!」
掛け声と共に、兵士長の娘は魔物に斬り掛かる。
「もうっ、気持ち悪い! あっちいけ!」
何度も何度も斬り掛かる。
相手の魔物は、蜂に蠍を合体させたような、奇妙な形の魔物だった。そのまま、蠍蜂とか言われているやつだ。
大きさは人間の子供くらいはあり、ひどく耳障りな羽音を立ててぶんぶん飛び回り、毒針で刺そうとしてくる。非常にやっかいな魔物である。
行く手を塞いできた三匹の蠍蜂を、兵士長の娘は肩で息をしながら、無事に仕留めた。
「おおー。やるぅー。さすがは勇者のタマゴねぇー」
ぱちぱちと、くわえ煙草で拍手をする聖女。
「いいぞ小娘。その調子で露払いせよ」
音は出ないが、僕の頭の上にへばりついている魔王も拍手をしているようだ。
ついでなので、僕も拍手をした。
「いい動きだったよ。ひとりで無傷で三匹の蠍蜂を倒すなんて、すごいよ」
「あ、あんたら……」
もう息を整えて、兵士長の娘は言ってきた。
「なんで私が! 全部の魔物相手にしてるのよ! お兄ちゃんも、勘を取り戻すためにたくさん戦わないとって言ってたでしょ!?」
「うん。そうなんだけど……」
僕は頭の上を示した。
「忘れてたけど、魔王さんがいると魔物は僕に向かってこないんだ」
「私んとこにも来ないねぇ。まぁ、私も元だけど魔王だしー」
まだ山道にも入っていないが、もう二十体ほどの魔物を彼女は倒していた。
僕の上から、魔王が言う。
「小娘がこの中では一番弱いからな。小僧に追いつくためにも、鍛練だと思って励むがよい。露払いは任せたぞ」
「むっ……」
僕に追いつく、という言葉が出て、兵士長の娘はなにか言い返しそうになったのをこらえたようだった。
魔王は人の心が分からないはずなのに、彼女の弱点を上手く突いている気がする。それとも、自分が楽をするための知恵だけは上手く回るんだろうか。魔王だし。
でも、さすがに疲労が心配になる。まだ麓なのだ。先は長い。
僕は頭から魔王を外して抱えると、兵士長の娘に差し出した。
「じゃあ、交代しようか。僕が先頭を行くよ。君はちょっと、後ろで魔王さんを持って休みながらついてきて」
「……まだ全然疲れてないから、大丈夫だって」
それに、僕は笑った。子供の頃から、この子は休もうと言うと、拒否してもうちょっと頑張ろうとする――そういうところがある。変わっていない。
「いいから。先はまだまだ長いから。僕もちょっと、身体を動かしておきたいし」
僕は言いながら、有無を言わせずに兵士長の娘の頭に魔王を引っ掛けた。
頭の上に魔王がしがみついている彼女の姿を見て、ちょっと笑う。
頭に猫を乗せているというのは、相当に滑稽だ。僕は最近、こんなふうに魔王を乗せていることが多かったが、傍目にはこんなふうに見えていたのか。
でも、女の子が猫を頭に乗せているなら、まだ可愛いほうだろう。僕ははたして、これで勇者として見てもらえていたんだろうか。謎だ。
「どうしたの? お兄ちゃん」
「いや……。普通に考えて、猫を頭に乗せてる人なんていないなあと思って」
「ああ、うん。巨龍と戦おうとしてるお兄ちゃんと魔王、相当浮いてたよね。すごかったけど、ああ、頭に猫が掴まってるって感じで」
「やっぱりそうだったのか……」
「まあ、でも。いいんじゃない? そういう勇者がいても」
そういうものだろうか。僕は首を捻った。
ともかく、交代して先頭を歩く。
十メートルも歩かないうちに、気配を感じた。
なんとなく、足を止めて頭を下げる。
鋭いものが空を切った。僕の頭部のあった場所だ。
感覚を研ぎ澄まし、過ぎったものを探る。
おそらく、猿の形をした魔物だ。鋭い爪をしていて、木と木を飛び移りながら、立体的な攻撃を仕掛けてくる、厄介な敵である。小柄で、的も絞りにくい。
しかし、兵士との稽古や、昨日の巨龍との戦闘で、僕の力はほんのちょっと、また戻ってきたらしい。
東の都に来たばかりの数日前では不可能だっただろうが、猿の魔物の移動経路が、感覚で予測できる。
左後ろの木から、その右の木へと飛び移り、一呼吸置いて、僕に攻撃してくる気だ。
そちらは見ず、抜き打ちで――剣を魔物の通り道に置いておくような感覚で、振る。
手応えがあった。首を刎ねたのだ。
そして、すぐさま手首を返して、前方へ突き出す。
隠れて攻撃を狙っていたもう一匹の猿の魔物が、吸い込まれるように剣に飛び込んできた。魔物にとっては、突然剣が出てきたとしか思えなかっただろう。
胸を貫かれて、一瞬で魔物は事切れた。剣から死体を振り落として、鞘に戻す。
なかなか、いい感じの対応だった。
拍手かなにかないかな、と思って振り返る。
「おい、小娘。袋からチョコレートを出せ」
「おー、いいねぇ。ブランデーに合うんだよねぇ」
「だ、ダメだって。これは行動食だから、ちゃんと取っておくってお兄ちゃんが……」
「構わん構わん。今も行動しておるだろうが。食べたいときが食べるときだ。小娘も一切れ食べていいぞ」
「え? うーん、じゃあ……ちょっとだけだよ」
こっちを見てすらいないし、しかも勝手に行動食に手をつけ始めている。
僕は大きく嘆息して、歩き出した。




