第70話 北の山へ
翌日――
聖女と魔王は、奇跡的に朝九時には起きてきた。
聖女は二日酔いもなく、元気そのものだった。
僕たちはまず兵舎へと向かい、昨日言っておいた弓矢を受け取るなどの準備を進めた。
北の山は、東の都から北へ数十キロほど行ったところにある、標高千五百メートルほどの山である。
馬で急げば、ほんの一時間ほどで着く距離だ。
僕は登ったことはない。が、話を兵舎で聞いていくと、それほど登るのが厳しい山でもないらしい。
魔物がいるため、さすがに一般のハイキング向きの山ではないが、そこに棲み着く魔物との勝負を目当てに行く、という兵士もいた。
それでも頂上付近まで登ったという人は、いなかった。登れば登るほど、魔物は手強くなるという。危険を考えて、腕試しをする場合も麓近くでするらしい。
僕たちは、頂上まで登ることを、一応考えている。
大昔に、ここに遺跡のようなものを築いた人たちがいるらしく、登山道とは言わないが、頂上までのルートらしきものは、一応存在している、という。
僕たちは、北の山の遺跡から笛を探さないといけない。
それがはたして、どんな形で遺跡に残されているのか、分からない。
大事に宝箱などにしまってあればいいのだが、状態は大丈夫だろうか。
もし壊れていたり、鳴らなかったりしたら、どうすればいいだろうか。
そもそも、山から笛を見つけるなんてこと、できるのだろうか。
準備をしている間、僕はそんなことばかり気になっていたが。
口に出すと魔王に怒られそうだったので、内心だけに留めておいた。
装備を整えたあとは、食堂にお邪魔する。
そこで、お弁当をいただいた。ちゃんと、四人分。それと、シロップ漬けの果物や、氷砂糖、チョコレートなどの行動食も、もらっておく。(そこまでする必要はないと僕は思ったが、魔王が必ず持っていけとうるさかった)
僕たちが留守の間、東の都の守備は、軍隊のみんなに任される。
すでに結界の修理には修道士たちが取り組んでいるらしい。
兵士長は、神聖宝玉の件と、漁師の件で忙しいらしく、顔は見られなかった。
が、北の山の話を聞いて回っているときに感じたが、兵士たちの士気は、並々ならぬものがあった。これなら、きっと街は大丈夫だろう。
そういうわけで、僕たちは準備を終えてから、午前十時三十分頃、馬に乗って北の山を目指して出発した。
北の山の麓には、寂れた小屋が放置されている。が、魔物との腕試しをする兵士が利用しているらしく、全くのぼろ屋ということでもない。
そこに馬を留めて、僕たちは入山準備をした。
剣、弓矢の具合を確かめ、お弁当などの入った荷物袋も、ばっちりだ。
「お兄ちゃん。頂上まで、どれくらいかかるかな?」
剣の具合を確かめながら、兵士長の娘が訊いてくる。
僕は、山を見上げた。麓からでは、単なる林しか見えないが。
「ちょっと分かんないかな。笛探しが目的だから、普通に登るわけじゃないしね。まあ、でも、時間がかかるのは、たぶん登るときだけだから……」
降りるときは、一気に駆け下りてくればいい。この四人ならどれほど山が高くとも、一時間もかからないだろう。
なので、お弁当を含めた食料も飲料も、日暮れまでに帰れることを想定している量だ。あまり荷物をかさばらせても、と考えての結論だ。棲み着いている魔物とも戦うのだから、できるだけ持ち物は少ないほうがいい。
「笛、見つかるかな?」
「見つかるさ。四人もいるんだから」
「そういえば、お兄ちゃん。前の魔王討伐の旅のときは、ひとりだったんだよね」
「うん」
「大変だった?」
「そうだね。気楽ではあったけど。やっぱり……大変だったな」
弓と矢筒を背負い、僕は頷いた。
「僕は、頭を使うのが得意じゃないから。勇者のための防具が封印された洞窟探検は、ホントにキツかったね。わけの分からないスイッチを押して橋を架けたりとか、もう、どこのどいつがこんな洞窟を掘って防具なんか隠したんだよって、ずーっと文句言ってた」
あの時はたいまつも燃え尽きて、そんな状態で暗い洞窟を二週間ほど彷徨い続け、餓死寸前でなんとか宝箱を見つけたのだった。
宝箱に入っていたのが『スカ』という紙切れ一枚なのを見たときは、本気で発狂しかけた。洞窟を作った主が目の前にいたら、八つ裂きとは言わなくとも、助走をつけて跳び蹴りくらいは食らわせていただろう。
結局、宝箱をどかすと隠し階段が出てきて。そこに収蔵されていたのだが。
あんな思いは二度と御免だった。今回の笛は、さっさと出てきてほしい。
「ふふっ。でも、そういう防具とか、これから探す笛とかって……いったい誰が、なんのためにそんなことするんだろうね。取りやすいとこに置いておいてくれればいいのに」
「分かっておらぬな、小娘」
と、僕の足元から魔王が言った。
「強大な武器や防具をそのまま置いておくわけにはいかぬのよ。悪用されかねんからな。然るべき難易度の洞窟に配置しておいてこそ、勇者の扱うべき武具。それを切り抜けて手に入れられなければ、魔王と戦っても死ぬだけよ」
「……まさか。そういう指示とか、王様に出してたんですか?」
「指示とは言わんが、示唆くらいはしたかもな。恨むなら王を恨めよ」
こともなげに、魔王は言っている。
なるほど。不思議ではあったが、誰が作ったのか分からないような奇っ怪な洞窟に眠る伝説の武具というシチュエーションも、それらしく用意されたものだったのか。
納得しつつも、どこか腹立たしさを感じる。
僕は深呼吸をひとつした。深緑の空気を味わい、冷静さを取り戻す。
これからは、それとは違うシナリオのない探索なのだ。冷静さを保たないと、うっかり変な見落としをしかねない。
と、僕は思い出した。
「でも魔王さん。図書館で怒ってたじゃないですか。近くに置いとけよって」
「探す側に回るとなると、若干イラつくのは事実だろう」
「そうですけどね。おーい、お姉さん。そろそろ、出発しましょう」
やや離れた場所で、捕まえた蝶々を蜘蛛の巣に引っ掛けようとしていた聖女が、くるりとこちらを向く。
「はいはーい。んじゃ、楽しいハイキングと洒落込みますかねぇ。上は景色いいかな。眺めながら呑む酒は旨そうだよねぇ」
面倒くさがるのかと思っていたのだが、聖女は終始、楽しそうだ。準備の時も、鼻歌交じりでフラスク(金属の小さい水筒)にブランデーを詰めていた。
どうでもいいが、登山だというのに修道服で、それがなんだか面白い。型破りすぎる。
「小僧、ちゃんと弁当は眺めのいい場所で食うぞ」
「はいはい」
チーム魔王は、すっかりハイキング気分だ。山を完全に嘗めきっている。
深酒したのに朝早く起きたのも、景色を眺めて酒呑んで弁当を食うという、楽しいハイキングを心待ちにしていたからなのかもしれない。
ともかく、このふたりの世話をするのは、僕だけではない。兵士長の娘もいる。
僕たちはチーム勇者(常識人)だ。
それをとても心強く思いながら、僕たちは山に入った。




