第67話 勇者とは? #1
宿に帰り、とりあえず聖女をベッドに放り捨てる。ついで、魔王もベッドに放る。
それから、ようやく一息ついた。
僕と兵士長の娘は、床に座り込んで、笑い合う。
「もー、ホント、酔っ払いって最悪……」
「僕たちに運ばせることも織り込み済みでやってるよね、この人ら」
それから、僕は言った。
「君はどうする? 兵舎に戻る?」
「うーん……。どうせ、明日一緒に行動するんだし。この部屋で寝てもいいかな」
「いいの? お父さん、心配しない?」
「大丈夫。っていうか……」
彼女は、不審げな目つきでベッドの上でいびきをかく酔っ払いふたりを見た。
「お兄ちゃんをこの部屋に置いておくことのほうが、むしろ心配っていうか……」
「あはは……」
確かに。このダメな大人空間にいては、自分もダメな大人になりかねない、そういう不安感はある。
「じゃあ、毛布出すよ。僕は椅子で寝るから」
「うん。明日は何時出発?」
「分からない。その酔っ払いが起きてからかな」
「そ、そう……」
複雑な表情で、兵士長の娘は頷いた。
気持ちは分かる。都を救わないといけないのに、そんないい加減でいいのか、と言いたいのだろう。同じ気持ちだ。
最悪、このふたりを置いて、僕とこの子だけで行けばいいか。そんなことも思う。
僕は毛布を彼女に手渡して、椅子に陣取った。
「じゃあ、早く寝たほうがいいよ。今日は稽古もしたし、あんなこともあったし。明日は明日で、なにが起きるか分からないし。しっかり回復して、備えておいたほうがいい」
「うん。分かった。……おやすみ、お兄ちゃん」
すっかり、勇者呼びではなくて、かつてそうだったお兄ちゃん呼びになっている。
親しみを感じてくれているのか、それとも、僕が弱くなって勇者と思えなくなってのことなのか、どっちのことだろうか、なんてことを考えつつ、僕も椅子の上で膝を丸める。
だが、あまり寝られず。いびきを聞きながら、正面の窓の外に輝く、星を見ていた。
と――
「……ねえ、お兄ちゃん」
毛布にくるまっている兵士長の娘が、声をかけてきた。
魔王たちを起こさないよう、囁くような声だ。
それでも、夜の静寂には、よく響く。
僕は答えた。
「うん。なに?」
迷うような沈黙のあと、彼女は言った。
「あの……。私、本当に……勇者になれるかな」
「……きっと、なれるよ」
「本当に、そう思う? 私、あの龍を見て、恐かった」
少しずつ、声に力が篭もっていくのが分かる。
「僕も恐かったよ。あんなに大きな龍、見たこともなかったからね」
「……でも、お兄ちゃんは、迷わずに向かっていった。私、最初の時も、今日も、すぐに足が動かなかった。お兄ちゃんたちが迷わず駆け出すのを見て、それで、やっと……足が動いたの」
「それくらい、普通だよ」
「ううん。なんだか、あんな大きなもの、私がいたって、どうにもできないって、そんなふうに、まず思っちゃって……。でも、お兄ちゃんは、そんなことないんでしょ? その、力が無くなったっていうけど、こうして会ったお兄ちゃんは、一年前のお兄ちゃんと変わらなくて。ううん、それも違う。弱くなったっていうけど、もっと余裕があって、前より、もっと頼もしい感じになったと思う」
そうだろうか。自分では、全然分からないが。
言葉を返せずにいると、兵士長の娘は先を続けていく。
「でも……私は。一年前より、強くなれたと思う。剣も上手くなったし、剣気も、前よりは感じられる。でも……お兄ちゃんが、もっと遠くなった気がして……」
最後は、泣きそうな、消え入るような声になった。
それに、僕は首を振った。
「そんなことない。君は成長してる。それは、手合わせをした僕が、一番よく分かってるよ。もうちょっとすれば、僕を負かせるかも」
「そんなわけない。それに……もし。もし、たとえば稽古で、お兄ちゃんから一本取れたとしても、それで、お兄ちゃんよりも上になったなんて、そんなわけないと思うし」
言って、彼女は訊いてきた。
「ねえ、お兄ちゃんは……どうして、そんなふうに……勇者として、戦っていられるの? 辛くないの?」
「どうして、か……」
質問を、僕は小さく繰り返した。
それは僕自身、自分に問いかけてきたことではある。
改めてそれと向き合い、考えながら答えた。
「……うん、本当の意味で辛いと思ったことは、たぶん、一度もない。けど……」
詰まって、言葉を探す。星を見つめながら。
星の輝きは、季節ごとに移動をする。昨日見た星を今日見つけるには、コツを掴んでいないとなかなか難しい。
それでも、分かっていれば見つけられる。星の輝きは、決して変わらないから。
「僕も、ずっと悩んでいたよ。勇者ってなんなのか。僕は勇者なのかって」




