第63話 騒動のあと #1
突然、都を襲ってきた漆黒の巨龍。
突然、横槍を入れてきた光輝なる巨龍。
二匹は相争うようにして、空の彼方に消えていった。
残された僕たちは、まず、漆黒の巨龍によってもたらされた被害の確認をした。
死傷者は、ゼロだった。
教会に勤めている修道士たちは、教会の中にいた人たちも含めて迅速に避難をしていて、全員が無事であった。これは普段から聖女が、まずは命あってこそだと全員に指導をしていたおかげだった。
その聖女は、日が沈み、薄暗くなりつつある中で、巨龍が居座っていたあたりを入念に調べていた。
僕はそれに近づいて、話を聞いた。
「お姉さん、どうしたんですか?」
「いんや。やっぱり、ぶっ壊されちまったか……と思ってね」
聖女は、僕に手のひらを示してきた。
そこには、神聖宝玉のかけらがあった。やっぱり、壊されてしまったのだ。
「いったい、なに考えてやがるんだ? あの黒い巨龍は。これで、この都に破邪結界をすぐに張れなくなった。今まで張っていた結界なら、維持できるけどねぇ」
元々、どの都にも、結界が張られている。町、村も同じだ。
普段から使用されるそれは、勇者である僕が手伝うことで実現する破邪結界ではなく、教会の修道士や、神官たちだけで張ることのできる、魔物避けとしての結界だ。それがあるおかげで、人々は安全に暮らすことができる。
聖女は、にやりと笑った。
「この話は聞いてるかい? 破邪結界のシステムも、その猫が作ったのさ」
「え?」
「その猫は、魔物を生産し続けないといけなかった。封印されしものから漏れる邪気をどうにかするためにね。もちろん、普段の結界を破れないくらいに魔物の力を加減して生産すれば、大陸の民の生活は守られる。でも、例外的に邪気を溜め込んで強化された魔物が出てこないとも限らない。そうなると、普通の結界じゃ、マズいってことになるかもしれないし、しくじって封印されしものが解放されちまうことだってあるかもしれない。他にも、不測の事態が起こるかもしれない――それをどうにかするために、そいつは破邪結界を編み出したのさ」
僕は目を上に動かした。僕の頭に貼りついている魔王を見ようとする。
魔王は苦笑混じりに言った。
「何度も言っておるが、人に滅びられては意味がないからだからな。支配する相手がおらねば魔王は成り立たぬし、勇者も出てこない。それは私の敗北を意味する。なにより、邪を弾く手段を講じられるものは、その邪を誰よりも巧みに操ることのできる魔王だ、ということよ。皮肉な話だがな」
それを受けて、聖女は続けた。
「そー、そー。あと、皮肉と言えば。こうして私が神聖宝玉のかけらを手にしたり、この街の中で生活していたりするのを見て分かる通り、対魔物として最高級の結界だとされる破邪結界は、魔王に対してはなんの効果もない。なんでか分かる?」
「さあ……。魔王は、すごい力を持っているから無視できるんだと思ってました」
思えば、魔王は僕が西の都で破邪結界を張るとき、常に一緒にいて、平然としていた。神聖宝玉を手にしても、同じことだ。
「シンプルな事実さ。魔王ってのは、人間がなるものだ。そして、魔物ってのは、少年らが扱う生命エネルギーとは逆の、邪悪な力……邪気で作られたものだ。破邪結界ってのは、邪気を弾くものなんだよ」
「……魔物は、純粋に邪気の塊だから、弾かれる。お姉さんや魔王さんは、元々人間で……ただ、邪気を操っているだけだから、破邪結界の影響は少ないってことですね」
「まあ……そゆこと。あとその猫は、システムの作成者だからルールを無視したり、独自ルールを作ることもできるんだけどねぇ……。さて、話を戻すと、魔物にとっては結界ってのはとにかく、厄介なものなのさ。あの龍も、手をこまねいていたろ。最初飛んできたとき、空をばさばさと飛んでて、なかなか降りてこなかった」
「そういえば、そうでした」
「な? 普段から張られている結界でも、あんなバケモノ龍をためらわせるくらいの力はある。おそらく、今張ってある普通の結界はあの最初の火炎弾で破られて、その穴から入ってきたんだね。ってことは、少年にまず破邪結界を張ってもらうことを優先してもらっていたら、あいつは都に降りられなかったかもしれないねぇ」
それは、考えていなかった。
東の都が巨龍に襲われた、ということから、結界が最初から意味のない規模の敵なんだと、思い込んでしまっていた。
巨龍の問題を解決してから、破邪結界を張らないと意味がないと思っていた。
しかし、反対だったとは。
なにをおいても、まず結界を張らねばならなかったのだ。
と、僕の頭に掴まっている魔王が言った。
「であれば、結論はひとつだな。最初に襲来したという、白き巨龍。あれは結界に弾かれなかったということだ。つまり……」
「ああ。やっぱり守り神って推測は、正しかったみたいだねぇ。今も私たちのピンチに飛んできて、アレを連れてどっか行っちまったしねぇ」
「黒い龍は邪悪なもので、白い龍は、少なくとも僕たちと同じ側のもの、ってことでいいんでしょうか」
「黒い龍は、そう判断して構わぬだろうな。だが、白いほうは、保留だ。早計に判断するわけにはいかん。伝承が本当であれば、直接話を聞けるであろうし。申し開きを聞くまでは、一切油断するな。心を許すな」
魔王らしい、合理的な判断だ。それに、僕も頷く。
「あれだけの力を持っているわけですから。降りて歩き回るだけでも、街を滅ぼせてしまいますし。僕も同じ意見です。警戒は続けないと」
「そうだねぇ。まぁ、すべては明日ってことで。明日、北の山に行って笛を見つければ、事態の進展もあるだろうしね」
僕は頷いて、背後を振り返った。
やや離れた位置で、兵士長の娘が不安げに立っている。
兵士長は、兵士を連れて、瓦礫の中に負傷者や生き埋めの人間がいないか、確認を行っている。
僕たちは、兵士長の仕事を手伝うことにした。




