第62話 巨龍、襲来 #2
「くっそ――最初から、それがこいつの目的ってわけかい!」
聖女が毒づく。魔王がすぐに付け足す。
「腐れ聖女よ、とにかく、こいつを追い出すぞ。後の対応については、後で考えろ。今は、追い払うことだけを考えろ!」
「オーケイ!」
ふたりの魔王は、息を合わせて、魔法の力を集中させる。
聖女は、再び巨龍を指さし示す。すると、指先に真っ黒な渦が発生し、球状になった。さらにあっという間に膨れ上がり、二メートルほどの大きさになる。
それはさっきの巨龍の吐いた火球に勝る速度で飛んでいき、翼に命中した。
巨龍が怯む。が、すぐにこちらへ向き直った。
それを見て、聖女は舌打ちする。
「ちっ、効かねえなぁ。おい、私が防御やるから、攻撃はアンタやって」
「仕方ないな」
ふたりが言っている間にも、巨龍は先ほどと同じ火炎の弾を吐こうと口を開ける。
再び飛来したそれを、聖女がかき消す。
防御と同時に、魔王が力を集中させた。
魔王が尻尾を振ると、さっき聖女の作った黒球よりも一回りほど大きい黒球が、一度に五つ、空中に現れる。
魔王の尻尾の指揮に従って、黒球は一斉に巨龍へと殺到し、爆発を起こす。
そこへ、声が掛かった。
「勇者どの!」
兵士長だ。何名かの兵士を連れて、彼はもう駆けつけてきた。
僕はそれを目で確認してから、巨龍のほうも見る。
魔王の魔法は、相当な威力だったが。巨龍は魔王の魔法による爆発の煙が晴れても、全くの無傷で佇んでいる。
「あれは、本当に守り神なのか……? 邪悪の塊、魔物そのものではないか。そのせいか、我が力も効きが悪いな」
「おかしいねぇ。そもそも、あの龍。最初に来たヤツと違うよ」
「なんだと? どういうことだ?」
「最初のは、もっと白いヤツだったんだよ。黒い龍なんかじゃない」
「なに……?」
不審そうに、魔王ふたりが言い合う。
僕はふたりの言葉を聞きつつ、兵士長に叫んでいた。
「兵士長さん! 弓矢を貸してください!」
「かしこまりました!」
彼は、すぐに弓矢を手に、僕に走り寄ってきた。
僕は弓に矢を番えて、意識を集中させた。剣気を呼び起こす。
どういうことが起きているのか分からないが、じっとしてはいられない。
そして、魔王の力の効きが悪いのなら、僕の剣気を試さない手はないだろう。
「魔王さん。あいつに攻撃させないでください」
「承知だ。どこでもいい、全力のヤツをぶち込んでやれ」
言われなくとも、と僕は胸中で応えた。
多少は言うことを聞いてくれるようになった剣気を、矢に宿す。
――巨龍までの距離百メートル少々。角度をつければこの弓で十分届く。風はない。
軌道の計算を終えて、僕は構えた。
同時に、巨龍のほうも火炎球を吐こうと口を開けた。
まずい。が、チャンスでもある。魔王も、僕の頭に乗ったまま叫んだ。
「口を撃て、小僧! 火球は腐れ聖女が抑える!」
「人使い荒いねぇ!」
だが、信頼できる。僕は目を細めて、さらに矢へ、力を流し込む。
身体から剣気を離すのは、高等技術に入る。剣気を操り、光波として飛ばすまでは、今の僕では難しいだろう。でも、矢に纏わせて放つのであれば、可能だ。
僕は短い息吹と共に、矢を放った。
同時に、巨龍の口に集中していた火炎が、ふっと消失する。聖女が、干渉したのだ。
光り輝くその矢は、過たず巨龍の口に吸い込まれる。
一瞬、巨龍は硬直した。
そして、さきほどの咆哮とは全く違う、悲鳴のような叫びを上げて、頭を振り回す。
それだけでも、尋常でない圧力だった。やはりこいつと、市内で戦うわけにはいかない。迂闊に攻撃もできない。
と――
空が、いきなり暗くなった。
なんだ、と僕たちは空を見上げた。
「なんだと……?」
魔王が呻く。僕も呆気にとられていた。
なぜ、空が暗くなったか。
傾きかけた陽が、飛来したもう一匹の巨龍によって、遮られたせいだった。
「龍が、もう一匹!?」
兵士長の娘が叫ぶ。
新たに飛来した巨龍は、最初に現れた巨龍とは、明確に別の個体だった。鱗が白く、光り輝いているように見える。
「あれ――あっちが、最初に都を襲った龍です!」
兵士長が叫ぶ。
その白い巨龍は、黒い巨龍が見せたように、鋭く急降下をしてきた。
そのまま、体当たりを食らわせる。
次に白い巨龍は、黒い巨龍を空中から後肢の爪で掴もうとした。
黒い巨龍は、翼を振り回し、それを振りほどく。さらに、上空へと飛び立った。
二匹の龍は、絡み合うように空中でやり合い、どんどん高度を上げていき――
やがて、完全に見えなくなってしまった。
取り残されたような形になって、僕たちは全員、なにも言えないまま、空をしばらく見上げていたのだった。




