第57話 兵士長の娘 #2
売り言葉に買い言葉で即答してくる兵士長の娘に、苦笑する。
僕が目で兵士長に伺うと、彼も苦笑いをして、相手してやってくれ、と言う。
兵士たちも、壁沿いに整列して、僕たちの手合わせを見学する姿勢になる。
と、魔王の声が聞こえた。隣りに立つ兵士に訊いている。
「おい。あの小娘、強いのか?」
「はっ。誇張抜きに、我々の中で、もっとも剣の腕に秀でています」
「ふうん……。やかましいジャリのようだが、確かに、雰囲気はあるな」
「んふふ。子供の頃から、少年をライバル視してたからね。少年が勇者を退いたら、その次の勇者は私がやるって言って、いつもがんばっちゃってるのよ。可愛いよねぇ」
聖女も加わって、そんなことを言っている。
外野の声に反応をするかと思ったが、兵士長の娘は、すでに剣を正眼に構えて精神を集中させている。余計な雑音は遮断できている。
彼女は、僕よりも背は低い。百五十センチの半ばほどで、女性の平均と同じくらいだ。
でも年齢が年齢なので、それを考えれば、大きいほうではあるか。ひょっとしたら、この後数年で僕の背を追い抜いてしまう可能性も、ないわけではないな――
そんな少女だが、剣を構えると大きく見えた。この一年でまた、腕を上げたようだ。
こうした切り替えの早さも見ると、剣への真剣さ、あるいは兵士として、そして僕の後継者として、十分すぎる意識を持てているのだと分かる。
それを、とても心強く思いつつ――
この子が、勇者として命を賭けた戦いをする、そんなことが絶対に起きないように、僕がすべてを終わらせなければならないのだということも、改めて思い出す。
遅れて、僕も剣を構えた。
「始めいっ!」
兵士長の合図がかかり、それと、ほぼ同時に。兵士長の娘は、剣を振り上げる。
「やあああぁぁぁっ!」
気合いの掛け声と共に、踏み込んでくる。
速度も、勢いも十分。少なくとも相手をしてきた筋骨隆々の兵士たちの誰よりも鋭く、見えにくい剣だ。
彼女の剣は、対魔物にも対人間にも向いている。剣の術理をしっかりと捉えているし、勢いに任せた攻めも、理合に沿った攻めもできる。
このまま伸ばしていけば、大陸でも有数の剣士になれるだろう。いや、すでになっている。少なくとも、この東の都の兵士たちの中で、頭ひとつ以上は抜けている。
その剣を、半身を退いて躱す。右の頬すれすれを、剣先が掠める。
僕はすり足で、すれ違うように間合いを潰した。間合いがゼロになった瞬間、彼女の力が入らなくなるタイミングに合わせて、肩を肩で押す。
ほんの少し、彼女の身体が揺らぐ。傍目には分からないほど、ほんのわずかに。
だが、それだけで十分だった。その微妙な力の偏りを活かして、剣から放していた左手を彼女の背中に回し、押す。突き飛ばすわけではなく、優しくものを退けるように。
ついでに、軸足にこちらの足を絡める。
それだけで、兵士長の娘は素っ転んだ。わりと大袈裟に、頭から板張りに突っ込む。
三メートルほど転がり、止まる。その姿に、声をかけた。
「残念」
僕が言うと、すぐにがばっと起きてくる。顔が真っ赤だ。その髪と同じくらいに――いや、それはないか。
今度は気合いの掛け声もなく、兵士長の娘は斬り掛かってきた。
惜しい。頭に血が昇っている。こういうときも、転がる間にされたことを理解して、次の打つ手を冷静に考えて実行できるようにならないといけない。
この子は、他の人との稽古ではきちんとそれができるが、僕との稽古の時だけ、こんなふうに露骨に血圧を上げてしまう。
なんでそんなに嫌われてしまったんだろう。
訝しみつつ、僕はひとつ、ふたつと剣を躱す。
みっつ――三度目の剣は避けずに止まる。すると、勝手に剣も止まる。
僕は笑った。
「フェイントなのが、見え見え。それだけ興奮して振る剣にその気がないのが混じると、ものすごく滑稽に映るよ」
「くっ……!」
兵士長の娘は、今度こそ、完全に頭に血を昇らせたようだった。
大上段に剣を振り上げ、全力で振り下ろしてくる。
速い。命中すれば、木剣といえども死にかねない。少なくとも、僕の頭蓋をかち割るのには十分すぎる勢いだった。
僕はまた、ゆるりと踏み込んだ。空けている左手を、そっと彼女の剣に添えて、滑らせるようにしながらすれ違う。
今度は押さない。代わりに、剣を奪い取る。
そして、奪った剣の腹で彼女の尻を、ばしんと叩く。
「きゃあっ!?」
自分の攻撃の勢いに、叩かれた勢いを上乗せして、最初と同じように兵士長の娘は床を転がっていく。ごろごろと、ボールのように。
またすぐ身体を起こして、尻を押さえながら、彼女は恨みがましく僕を見てきた。
「せっ、セクハラ!」
「いや、そんなつもりは……。叩いても一番痛くなさそうなところをと思って」
「衝撃吸収するくらいデカいケツって言いたいわけ!?」
「誰もそんなことは言ってないけど……ごめん。ホントに、そういうのじゃなくて」
謝りながら、僕は歩み寄り、剣を差し出した。
「でも、腕を上げたよ。ひとつひとつの動きが、とても磨き上げられてる。もう一年あれば、一本取られていたかもね」
「ふん……。そんなわけないじゃん。おにい――勇者のほうが、まだ全然、強いもん」
それを受け取りながら、兵士長の娘は鼻を鳴らす。
彼女は立ち上がると、今度は怪訝そうに僕を見てきた。
「なに?」
なにか言いたげな彼女に訊く。
すると、しばし逡巡してから、言ってきた。
「でも、勇者……。あの、なんだか……弱くなってない?」




