第56話 兵士長の娘 #1
いささか調子に乗りすぎた試合形式の稽古から、現在はもっと平和的な、兵士たちそれぞれに応じた質疑応答や、フォームのチェックに僕は取り組んでいた。
僕が昨年訪ねたときにいなかった、新しい兵士たちもいる。そういう人には特に重点的に、対魔物戦闘の心構えや、実戦で重要なことなどの精神的な部分から、剣の握り、振りかたなどの技術論まで。もちろん、槍や弓矢まで対応して答えていく。
「しっかし、強いねぇ。弱体化したんじゃなかったの?」
「お前も見抜いていたであろうが。まぁ、魔水晶鉱山の火炎蜥蜴を濃厚な命のやり取りの末に倒しているからな。あれだけで、相当に力は戻せた。一介の兵士では敵わぬところまでは戻っているとは踏んでいたが、すでに人間たちの中ではトップに近いな。言っておくが、私とやったときはもっと強かったのだぞ。千年の歴史の中で、私の力に並びうる勇者は小僧ただひとりだけだ。この歳で剣気を飛ばすなど、想像もつかぬであろう。特に技術は極まっていた。歴史上、最初の勇者を含め、ひとりとしてそれに並ぶ者はない」
「はいはい、ノロケちゃって」
「誰がノロケだ」
「くっくっ。まあいいわ。しかし、鉱山の火炎蜥蜴かぁ。デカかった?」
「五メートルはあったな。相当デカかった。先代勇者でも倒せないほどの強度で、魔水晶鉱山を牛耳っていた」
「五メートルねぇ。デカいけど、あの龍の十分の一サイズかぁ」
「その龍がデカすぎるのだ」
聖女と、魔王のそんな会話が聞こえてきたりもしたが。
考えてみると、この東の都は大きいものばかりだ。
市壁より背が高いという巨龍の騒ぎに始まり、巨大に盛りつけられた食べ物に、体格に恵まれまくった兵士たち。
指導は楽しいのだが、基本的に見上げることになるため、首が疲れる。
どこかに、小柄とは言わずとも、せめて同じくらいの背格好の兵士さんでもいないかな、と考えていると――
「あー! 勇者!」
道場の入口のほうから、大声がした。
全員が振り返る。僕も振り向いて、笑った。
僕を思いっきり指さして、まだまだ子供に見える女の子――兵士長の娘が、入口のところに稽古着姿で立っていた。
年齢は、僕よりも三、四つほど下だ。だから、十三か四歳になるか。
動きやすいように短く整えられた、炎のように朱い髪が彼女の分かりやすい特徴だ。何十メートル離れていても、それが夜でも、すぐに見つけられるのではないかと思う。
あとは、くりっとした、愛嬌のある栗色の瞳も特徴だ。僕を睨んでいるようだが、いまいち迫力が乗り切らない。
彼女は、肩を怒らせて、つかつかと僕に詰め寄り、指を突きつけてきた。
「勇者! あんた、魔王に負けたんですって!」
「え、ああ、うん。負けちゃった」
「負け犬!」
真正面から、これ以上ないほどの罵倒だった。
でも、こうして迸る感情をストレートにぶつけてくるというのが、兵士長の娘のコミュニケーション方法だ。父親――兵士長もことあるごとに注意しているのだが、なぜか僕に対してだけはまったく治らないし、遠慮がない。
僕が子供の頃に出稽古に来たときは、よちよち歩きの幼児だった。出稽古のたびに、面倒を見たりしていた。
彼女は、そんな足元もおぼつかない頃から、紙筒で僕にチャンバラごっこを挑んできたものだった。
そして、父が兵士長ということもあってなのか――彼女自身、自然と剣を取り、そのために生きる人生を選択したようだ。
一年前の時点で、学校にも通いながらの兵士見習いだったが、今はもう雰囲気からして、立派な兵士をやっているように見える。
ともかく――
僕はその罵倒を懐かしく思いながら、頭を掻いた。
「そう言われてもね。魔王は強かったから」
「あんたでも……あんたでも勝てないくらい、強いわけ? 魔王って」
「え? うん。千年魔王をやっている人だったからね。それはもう、強かったよ」
「でも……生きて帰って来られたんだ? よかっ――」
なにか言いかけて、なぜか言葉が怒声に変わる。
「よかっ、よ、よくもこんな、ノコノコと顔を出せるわよね! 負け犬のくせに!」
「ううん。面目ないです」
「いちいちなんで、そんなへこへこするのよ! 誰よりも強いのに! 最強の……最強の勇者なのに!」
僕の態度というのが、この子にはとことん、気に入らないらしい。
彼女が僕に対して、こんなふうになったのは、いつからだろうか。
小さい頃は、お兄ちゃん、お兄ちゃんと呼んで背中にくっついて、離れようとしなかったほどだった。
それがいつからか――一年前の訪問時には確実に、当たりがキツくなっていた。実際はもう少し前……彼女が十かそこらの頃には、片鱗が見え始めていたような。
ひとまず、彼女の機嫌を抑えようと、僕は違う話題を探した。
「君のほうは、元気そうで安心したよ。兵士にはなれたの? 一年前は、まだ見習いだったよね?」
「え? ああ、うん。実力的には、全然遜色なかったけど、なかなか許可が下りなくて。でも、やっと、認められたの。学校にも通ってるけど、こういう事態のときは、こっち――兵士の仕事を優先してもいいってことになってるから」
「そっか。それはよかったね。今来たのは、兵士の仕事でもあったの?」
「ううん。今は空き時間。でも、いつあの龍が来るか分からないし、だから、自主的に警邏してたんだけど。そしたら、勇者が街に来てて、で、道場にいるっていうから、慌てて切り上げて――」
そこまで熱っぽく言ってから、兵士長の娘は慌てて言い直した。
「べっ、別に、あんたに会いたかったとか、そういうのじゃないから! 魔王に負けたくせに、どんな顔してるのか気になっただけで! むしろ、それでヘラヘラなんてしてたら、ボコボコにしてやろうと思ってたし! な、なに笑ってんのよっ!」
赤面しつつ、唾まで飛ばして言ってくる。あげくに、木剣を突きつけてくる。
それに僕は笑ったまま、手を振った。
「あはは、分かった。とりあえず、君がどれくらいできるようになったか僕も知りたいし。手合わせ、お願いできるかな」
「望むところよ!」




