第54話 東の都の兵士長 #1
調べものはひとまず終えて、僕たち三人は、兵士の練成道場へと向かった。
練成道場は、兵舎に併設されている。兵舎は、古城の近くに建っている。
軍隊の様子は秘匿されているとか、そういうことは一切なく、むしろ観光客が見学できる。兵士の中から選ばれたガイドもいて、兵舎や訓練の様子を見て回り、実際の兵士の食事を食堂で味わったりできるツアーなんかも組まれているらしい。
練成道場に近づくと、今も稽古に勤しんでいるのか、気合いの入ったかけ声が聞こえてくる。そして、木剣を打ち合わせる音も。
どことなくわくわくしながら、僕は兵士たちに挨拶しつつ、道場に足を踏み入れた。
「うわぁ、懐かしいな」
直近では一年ほど前――魔王討伐の旅の中で、訪ねてはいたが。
広々とした道場の中に、巨龍騒ぎのせいか、熱量高く稽古に取り組んでいる兵士たちがひしめき合っている。
と、背の高いちょび髭の壮年の男性が、僕を認めて目を見開く。
「勇者どの! 来ていただけましたか!」
兵士長だ。凄まじい声量で、稽古に取り組んでいる兵士たちがみんな、手を止める。それを、止めるな、続けよ! と一喝してから、こちらに駆け寄ってくる。
身長は僕より全然大きい。百八十センチ以上はある。筋骨隆々とした稽古着姿で、手には木剣を提げていた。確か年齢は、四十歳頃だったと思う。
「兵士長さん。お久しぶりです。ご挨拶が遅れて、申し訳ありません」
「いやいや。私も、勇者どの到着の報は受けていたのですが。状況が状況でしてな。こいつらを一から鍛え直さねばなりませんで……」
「はい、巨龍の襲撃ですね。お話は伺っています。なんでも、途方もない大きさの龍が、この都を襲ったと」
「ええ。初めて見ました。あんな……とんでもない魔物は」
直接それと対峙しているはずの兵士長は、身震いこそしなかったが、重々しく首を振るばかりだった。
「軍はまったく、歯が立ちませんでした。そこのシスターどのの魔法がなければ、都は地獄絵図と化していたでしょう」
「ホントにねぇ。なぁ、少年。お姉さんのことを褒めてくれていいんだぜ?」
ひとまず聖女は無視して、僕は兵士長に言った。
「戦ってみて、どうでしたか?」
「いやいや、戦いになぞなっていません。一方的な、蹂躙ですよ。矢を射掛けても、少しの痛痒も与えたようには、見えなかったのですが。それでも、なぜか逃げていきました。しかし、当代の勇者どのであれば、倒せるやもしれません。剣気で、ドカンと!」
「いやー、五十メートルもある龍をやるっていうのは、ちょっと……」
今の僕は弱体化している。みんなを不安にさせないため、それを言うわけにはいかないが、魔王と戦ったときと同等の力があったとしても、そんな龍をドカンと倒せるという都合のいい考えは湧いてこない。
僕は、図書館で調べたことを兵士長に話すことにした。
「そもそも、あの龍は、魔物ではないかもしれないんです」
「なんと?」
「大陸を守る、守り神さまかもしれないんですよ」
僕は詳しく、図書館で見つけた本に書いてあった伝承の話をした。
兵士長はうんうんと頷くと、神妙に答えた。
「なんと……。潮騒の孤島にはなにかがあると、そういう言い伝えは、聞いたことがありましたが。まさか、あの龍が……?」
「ええ。そうかもしれないんです。そもそも、この都を滅ぼす気なら、すでにめちゃくちゃにされているのではないでしょうか」
「ふむ……。言われてみれば。家畜を喰らい、壁を壊し、火炎を吐き……そして、慌てて逃げていく。妙な動きでは、ありますな……」
兵士長はちょび髭を撫でながら、考え込んでいる。
対峙した彼が妙だった、というのなら、一介の魔物ではない、という可能性は信憑性を帯びることになる。なにしろ兵士長は、僕がこの世に生まれる前から、兵士として魔物と戦ってきたのだから。そうして培ってきた直感というのは、まず信用できる。




