第50話 聖女は語る #2
「そ。守り神とは言ったけど、純粋な神ってわけじゃない。この世界を作った超越的な力の主とか、そういうものじゃないってことね。あれはおそらく、安全装置だ」
「安全装置?」
「ああ。大昔の誰か、とんでもなく強くて美しい魔法使いかなにかが、気を利かせて仕込んでおいたっていう類のものさ。この大陸が危ないことになったら起き上がって、その原因を排除しろ、みたいな命令を与えられているんだろうねぇ」
強いはともかく美しいってなんなんだ、と思いつつ、僕は質問を続けた。
「北の爆発は、関係あるんでしょうか?」
「あるけどない、ってところかねぇ。なぜなら、北の爆発――封印されしものが起きたから守り神が、ってんなら、なんでこの都に来てるのか。おかしいだろ? それなら、北に飛んでって封印されしものを叩くんじゃないかい?」
「それは、そうですね。じゃあ、違うのか……」
「まあ、それらが完全に無関係ってこともないだろうけど。時期的に見てもねぇ」
聞きながら、僕はやっと、レモンティーを一口飲んだ。熱すぎず、ぬるすぎず、ちょうどいい温度で、柔らかな酸味と茶葉の香りが心地いい。
気を落ち着けながら、頭を働かせる。具体的なことは、なにも分からないが。
「……なんで、あの巨龍が出てきたのか、その原因を特定しないといけないですね」
「そうだねぇ。まぁ、その辺りの神話だとか説話だとか、そういうのを図書館で調べなよ。私の口から説明するのは、めんどいからねぇ。本当なら私が調べないといけないんだけど、少年と猫が来てくれて助かったよ。あとはよろしく頼んだ」
本当に面倒そうに、聖女は手を振る。煙草の煙が、複雑な形になって宙に消える。
その手でそのまま、店の外を指す。
「図書館は、名物の古城のワンフロアがそのままそうなってる。あそこは王都が有事の際に王家の避難先として機能するようになっているけど、普段は観光客のための博物館であり、図書館なのさ……って、別にこの街は初めてじゃないから、知ってるか」
「はい。でも、ありがとうございます。あとで、行ってみますね」
僕が頷くと、聖女は、なんとも言えない顔になった。
目を細めて、僕のことを上下舐め回すように見てくる。
「んー……。あれだけ武に秀でてるのに、少しも驕らず。むしろ謙虚に、よくここまで育ったよねぇ。奇跡だねぇ。よっぽど親の教育が良かったか、あるいは尊敬できるお姉さんとの出会いがあったんだろうねぇ」
「あはは……。確かに、子供の頃のお姉さんとの出会いは、大きかったですね」
「ふふん、だろうねぇ。しかし、おいしそうに育ったねぇ……。目をつけといたのは正解だったねぇ」
「おい」
と、魔王がジト目で、口を挟んできた。もうシェイクは飲み終わっている。
「お前……小僧を妙な目で見るな。たぶらかしたりするなよ。こいつは、大陸を救うための鍵なんだからな。変なことを教えたりしたら、八つ裂きにするぞ」
「おやおや、恐いねぇ。まぁ、あんたとは趣味も似てるし、気持ちも分かるけど」
「誰が似てるだ、おぞましいわ」
「まーまー。でも、調べものはまた明日からでいいだろ? いい飲み屋があるんだ。ここまでの詳しい道中だの、積もる話を聞かせなよ」
「飲み屋か。なにが旨いんだ」
「焼酎。どて煮。おでん……。南の都スタイルの、イイ感じの店さ」
「決まりだ。小僧、行くぞ。調べものは明日だ」
「はあ……」
聖女の言葉で即決する魔王を見て、ため息をこぼす。魔王は否定してかかっていたが、間違いなく似たもの同士だ。おんなじだ。
一応、言葉は挟む。
「あの。まだ午後ですけど。もう呑むんですか? せめて……ちょっとでも調べものとかした後のほうが、お酒もおいしいんじゃないでしょうか」
僕は、脳みそを一瞬でフル回転させて、自分ではこれ以上はない、と思える説得の言葉を並べてみた。
ばしんと、聖女が僕の背中を叩く。
「なーに言ってんだい、少年。まだ日も出てるうちから、働いている連中を尻目に呑む酒が一番旨いに決まってるだろう?」
「そうだぞ、小僧。一日仕事をした後の酒はな、酔うためだけにある。味はせんのだ」
「はあ……」
ごく短時間で、二度も世も末だと思ったことは、今まで生きてきて一度もなかった。
しかし。世も末だ。退廃的パワーだけでこのふたりは動いている。
この街では、僕がしっかりしないといけない。
そう思ったのだが――
聖女行き付けの飲み屋に飛び込むと、ふたりはどて煮とおでんを肴に焼酎をぐいぐい呷りだし、僕を蚊帳の外に置いて延々くだを巻き始めた。
西の都では、酒を飲んだ魔王の愚痴に延々付き合わされて、そのあとの介抱も何度となくやらされたが。
聖女がいるおかげで、苦労は二倍になった。
明るい内から、日付が変わるまでうだうだやっていたふたりは、午前二時頃、ようやく酔い潰れた。
そこで、僕は重要なことを思い出した――まだ、この都に来てから、逗留するための宿も決めていないじゃないか。
幸せそうにテーブルに突っ伏して寝ている酔っ払いふたりを見て、僕はいよいよ、途方に暮れていた。
飲み屋の大将から同情の言葉をかけられつつ、そこまで来てようやく、僕は甘いものをドカ食いしたい人の心理というものが、理解できたような気がしていたのだった。




