第46話 事件より食い気 #2
「機嫌直してくださいよ。アップルパイもお勧めみたいですよ」
「うむ。どれどれ……。ほう、この……生地の食感、バターの風味、そしてりんごの酸味。シナモンの香り……一級品だな。量だけでなく、質もよい。褒めて遣わす」
「ははあ」
尊大な猫に捧げ物をする従者か、というような周囲の客の視線が、さっきから突き刺さってきてはいるのだが。
ある意味では間違ってもいないと思うので、甘んじて受け入れる。
「でも、アップルパイも大きいんですよね。僕、普通のサイズを頼んだのに。食べきれるか分かんないですから、魔王さんも食べてください」
「十八になる男子が、なにを情けないことを言っておるか。まあ、食うが」
魔王の言う通り、食べ盛りだとか言われる年頃ではあるし、男として少食でもないのだが、そんな僕でも持て余すくらいの大きさがあるのだ。
アップルパイだけでなく、他のメニューもそんな感じらしい。基本が大盛のお店だ。
魔王はテーブルに置いてあるメニューを、アップルパイを食べつつ横目で見ている。
「滞在中、こまめに通うかな。全制覇してやりたいな」
「気に入ったんですね。他のお店もありますけど」
「無論、他にもまだ見ぬ名店はあるだろう。探すぞ。回るぞ」
「あ、そういえば、通りがかった書店に、観光客向けのお勧めグルメガイドなんて置いてありましたけど」
「馬鹿もの。そんなものを見て回ってなにになる。自分の足で見て回り、発見してこそ喜びもひとしお、というものだ。お前はなんだ、なんでもそうやって効率化して。これだから、現代っ子は。過程を楽しむという心がないのか? そんなことだから、自分がないとか言われるんだぞ」
「えっ、僕、今、魔王さんに人の心について説教されてます?」
ちょっとショックだった。
だが、まだまだ、世の中には僕の知らないこと、分からないことばかりだということなのだろう。前向きに受け止めておくことにした。
「たまには、甘いもの以外もお願いしますよ」
「うむ。甘いものの後は塩ものが旨い。酒も旨い。塩ものを食うと、甘いものが旨い。これぞ食の崇高たる欣幸の螺旋よ」
「よく分かりませんけど、食べるの大好きなんですね」
意外な一面、ということでもなく、西の都の時からそうだったが。
それもまた千年の反動なんだなと思って、僕は頷いておいた。
「でも、バナナパフェを食べたら、調べものですよ。甘いものを食べたら頭の回転も良くなるでしょうし」
「ん? 普通は眠くなるが」
「帰って寝る気じゃないでしょうね。今日、なんにもしてないんですよ。なーんにもです。ちょっとは仕事しますよ。まだ、宿も取ってないんですから」
「むう。だが、最後に、看板メニューであり大ボスだという、この……『キングパフェ』というやつが気になるのだが。あとは、ティラミスにモンブラン、パンナコッタ、フルーツのシャーベット……」
「また後日にしましょうよ。お腹壊しますよ。巨龍の問題を解決したら、好きなもの食べていいですから」
「ふん……。まぁ、確かに。一度に仕留めてしまうのも勿体ないか。じわじわと嬲るように楽しむのもまた一興」
「そうですそうです」
「でもな、小僧。キングパフェとかいうの、気にならぬか」
「僕はなりませんけど、どうしても食べたいんですね」
どうしようかと悩んでいると、空いていた隣の席に、音もなく人が座った。
僕は特に見もせず、気配だけを感じていた。
注文を取りに来た店員に、隣の席の人が言ったのが聞こえた。
「はぁー……だりい。あ、いつものもらえますか?」
「はい、シスターさま。キングパフェですね」
思わず、僕と魔王はそっちを見る。




