第45話 事件より食い気 #1
僕は呆然と、魔王の食べっぷりを見ていた。
「ふむ。量が量が、デカ盛りがデカ盛りが、とやかましいわりには、味もなかなかであるな。おい、次はこの特大バナナパフェを持ってこい」
十人前はありそうな巨大チョコレートパフェをあっさりと平らげた魔王は、こともなげにそんなことを言ってのける。店員を呼びつけて、メニューにある特大バナナパフェを尻尾で指して、新たに注文まで始めている。
僕は自分で頼んだアップルパイに手をつけるのも忘れて、やっぱり呆然としていた。
「……なんか、おかしいんじゃないかという気がするんですが」
「ん? なにがだ?」
ペロペロと口の周りについたクリームを舐めている魔王が言う。人の形をしていたらさぞかし行儀が悪いのだろうが、黒猫の姿をしているためか、可愛いとしか思えない。
僕は子供用の高い椅子(普通の椅子だと低くて食べにくかった)に座っている魔王と、店員が下げていく空になったパフェの器とを見比べる。
「だって。魔王さんの身体より大きいパフェをどうして食べられるんですか? パフェはどこに消えたんです?」
「ふっ。私の胃袋は宇宙だ」
「意味分かんないですって。重力穴って感じはしますけど」
「ふっ。子供には分からぬか。女には、こういうありがたい言葉があるのだ。『甘いものは別腹』とな」
「ああ、聞いたことあります。母もそんなことを言いながらケーキを食べて、次の日体重計に乗って頭抱えてたりして。ケーキを買ってきた父が理不尽にキレられていたり」
「ふむ……。人の身とは不便よな。初めて、お前の母に同情するぞ。こうして魔王をやっていて、クソみたいなことばかりではあったが、唯一、感謝したことがある……」
「はあ。なんです?」
「それはな、いくら甘味の飲み食いをしても太らぬし、体型が変わったりもせん、ということよ」
「はあ……」
全然ピンとこず、生返事を返してしまった。
それが気に入らないのか、魔王はだしだし、とテーブルを前肢で叩いた。
「小僧には分からぬのか! これがどれほど大事か! 甘味を食らう快楽だけを享受できるのだぞ! まさに邪悪! 悪辣極まりないであろうが!」
「そ、そうなんですかね……。確かに僕の母なんかは、羨ましがりそうですが」
「うむ。まさに魔王たるものの特権というべきであろう。そうでなければ、魔王としての業務なぞとっくに放り投げておるわ」
魔王の中では、魔王という職業(でいいのか?)はずいぶんと軽いもののようだ。いや、なによりも重いと言ったほうがいいのだろうか……?
だんだん分からなくなってきた僕は、違うことを訊いた。
「でも、そんなに甘いもの好きだったんですね。なんか、こう……魔王さんって、猫になる前ってすっとした格好いい美人さんだったから、意外な感じです」
「そうか?」
「ええ。プライベートも仕事も充実! たまに自分へのご褒美で甘いものを食べて幸せ! ……っていう人じゃなくて。炙ったスルメイカと焼酎でちびちびやりながらひとりでくだを巻いてそうなイメージ、というか……」
「ケンカ売ってるのか、お前。どこの誰が、人生も仕事も袋小路感のある独身女だ」
「そ、そんなことは言ってないでしょ」
魔王がわりと真剣に睨んでくるので、手を振る。
だが魔王は、その目で言い始めた。
「悪かったなぁ。どうせ私は千年孤独で、相棒は使い魔の猫だけ。あとはひたすら魔王業務に追われ、楽しみが食うことしかない魔王だよ。ふん、それで誰に迷惑をかけた? 我の勝手であろうが」
「いや、まあ……。魔王なんで、迷惑は大陸中にかかってるとは思いますけど」
「ふん。人の気も知らずに。ああ、そうかそうか。どうせ私は食うことしか楽しみのない、いつ終わるとも知れぬ邪気のやりくりばかりさせられる孤独な魔王よ。そんな身の上なのに、大陸中から嫌われておる、哀れな魔王だ。ふん」
「まあまあ」
拗ね始めた魔王を取りなそうと、僕は自分の分のアップルパイを切り、フォークに載せて差し出した。




