第43話 大変な龍騒ぎ #1
僕と魔王は馬車を降り、東の都の門番に挨拶して、入都の許可を得た。門番の人は僕の前回の訪問のときと変わらない人で、僕のことを覚えていてくれた。
だから顔パスでいい、と言われたのだが、ちゃんと書類を見せて、手続きをする。
それからは、僕と魔王は早速、街の中には入らず、市壁伝いに歩いて、龍の破壊痕を見に向かった。
やや離れた場所に、僕たちは立ち止まって壁の穴を見上げる。
「うーむ……。近くで見ると、とんでもないな。隕石でも落ちたのか」
「ええ……。なんてハイパワーな龍なんでしょうか」
少々の現実逃避が含まれた、僕と魔王の呟きだった。
「勝てますかねぇ。魔王さんなら、勝てます?」
「どうであろうかな。先手を取れたならば殺すことはできるであろうが。これほどのパワーを受け止めるということは、あまり考えたくはないな。私とやった時の小僧であっても、この龍相手では少々、手こずるであろう?」
「そうですね。僕も、先手を打って攻撃できるなら、やれると思いますけど。こんなパワーで暴れられたら、打つ手を考えるのが大変そうです」
「であれば、討伐のプランは決まりだな。逃げ去っていったという龍を見つけ、寝込みを襲うしかあるまい。この都の首長や兵士長とやらから、情報の収集だな」
「ですねぇ」
僕は魔王に頷いた。ちょっと卑怯かもしれないが、手段を選べる敵には思えない。
賛成する理由は、もうひとつあった。
最悪なのは、この都を戦場にしてしまう、ということだろう。
たとえば、龍がこの都をまた襲ってきて、それを準備を整えた僕たちで迎撃するとして。
その時に、僕たちが優勢になったとしても――龍に大怪我や、致命傷を負わせたとしても――きっと龍は、死に物狂いになって暴れ回ることになるだろう。
そうなってしまえば、壁や建物だけでなく、民のみんなの命も危ない。
勝ったとしても、ただでは済まない。
それを思うと、いくら卑怯でも、魔王のプランに賛同せざるを得なかった。
「で、小僧。大事な話がある」
いきなり神妙に、魔王が重い声で、僕に訊ねてくる。
「……なんです?」
僕も、緊張して訊き返した。
すると魔王はその声音のまま、先を告げた。
「この街は……なにが旨いんだ? 首長に会った後は、メシの時間だぞ」
僕はずっこけた。どこまでもいつも通りだ、この魔王は。
緊張して損したと思いながら、僕は答えた。
「大体、なんでもおいしいですよ。港の街ではないですけど、東の海が近いから。そっちの漁村から魚介が運ばれてきますし。兵士さんは身体が資本だから、安くて大盛りのお店とかがたくさん、あったりしますよ。あ、そうだ。一抱えくらいはありそうなシュークリームとか、バケツサイズのプリンとか。そういう……いわゆるデカ盛りっていうんですか? そういうお店が有名ですね」
「ほう、ほう……」
魔王は興味津々に頷いている。
「質より量。そういうのも、やぶさかではないぞ。腹八分目など、弱者の理屈よ。真の強者、真の邪悪とは深夜に甘味をドカ食いしてこそ名乗れるのだ。一日しこたま業務に追われた後、甘味を腹が破裂しそうなほど喰らい、寝る。そうすることこそ、真の邪悪!」
「はあ」
「ついてくるがいい、小僧よ。罪過に彩られし糖分が、どれほど邪な輝きでもって人心を惑わすのか教えてやる。勇者たるお前が決して知り得ぬであろう、邪悪なる覇道の一端というものを覗かせてやるわ!」
できることなら、知らない方がよさそうな道だなと思ったが。
妙に魔王が楽しそうなので、興味はちょっとある。
あとは、魔王城のワンオペ業務というのは、想像を絶するストレスと闘いながらの千年間だったのだなぁ、というのが伝わってくるので、今は好きなだけ好きなものを食べてほしいなとは思う。
もうひとつ言えば、魔王の食い意地を見るのが、結構楽しいというのもある。
最近は食べものへの欲を丸出しにして、僕にあれが食べたいこれが食べたいとせびるようになってきた。
一緒に行動を開始した頃は、なにも食べなかったくらいなのに。まさに文字通り『猫を被っていた』んだな、と思うとおかしくなる。
西の都ではケンカもしたけれど、それ以降、お互いにいい意味で、遠慮もなくなってきたな、と感じていた。ここまでの馬車の中でもそうだったけれど、お互い、気持ちに素直なやり取りができている。
このまま、魔王ともっと仲良くなれたらいいな――心から、そう思う。
のしのしと進み始めた魔王について、僕は歩き始めた。
まず向かうのは、首長邸だ。挨拶をして、事情を聞かないといけない。
だが、道中にある『十人前チョコレートパフェ』とか『特大チーズタルト』とか、そういう甘味屋ののぼりを見るたびに魔王は足を止めるので、進むのに時間がかかっている。
「見ろ、小僧。三十分以内に完食でタダだと。この魔王に対して挑戦するとは、不遜な輩だ。食ってやろうぞ」
「はいはい。後にしましょ、後にね」
「あっちは巨大お好み焼きだぞ。ふん、粉ものであれば完食は難しいであろうなどと、姑息な考えよな。早速打ち砕いてやろうぞ」
「はいはい。首長さんに会ってから、やっつけましょうね」
こんな調子が続くものだから、僕は終盤、魔王を抱えて移動していた。
おかげで、首長邸にもその部屋にも魔王を抱えて入ることになったが。
首長は特に訝しむこともなく、僕たちを見て頭を下げる。
「お待ちしておりました、勇者さま。この街を襲った出来事については、もうすでに、そのお耳に入っているかとは存じますが」
椅子を勧められて、僕は魔王を抱えたまま座る。
「はい、伺っています。なんでも、巨大な龍によって襲撃されたとか。西の都の結界を張るための作業があって、参上が遅れてしまい、申し訳ありません」
「いえ、西の都は我が王国の玄関であり要衝。なれば、第一に結界が優先されるのは、私ども都の首長たちは承知の上です。そして我々東の都は、対魔物のための軍を所有する、有事の際に踏ん張りを見せねばならぬ都という立場です。それが……」
悔しそうに、首長は渋面で首を振っている。
「僕としても、この東の都の軍隊が敵わなかった、というのは信じられないくらいなんですが。詳しい話を、聞かせていただけますか?」
「ええ、もちろんです」
首長は頷いた。




