第40話 不吉な予感
喧騒が、西の都を包んでいる。人々がざわざわと騒ぐ声が、馬に乗っていても聞こえてくる。
僕たちは、馬を速めて、街に急いだ。
門番が視界に入ると、彼らも僕を認めたようだ。手を振ってくる。
彼らの前で馬を下りて、事情を聞く。
「どうしたんです? なんの騒ぎが?」
「勇者さま。魔王猫さま。どこに行ってらしたんです? それが、すごいニュースが飛び込んできたんですよ。これを……」
門番が差し出してきたのは、なにかのチラシだった。文字が印刷されている。
そこには、『号外! 東の都、魔王軍に襲撃される!』と大きな見出しがあった。
チラシを覗くために僕の肩に飛び乗っていた魔王と、顔を見合わせる。
東の都が、魔王軍に襲撃された……?
魔王はここにいるのに?
北の地にいる邪悪なるものも、まだ半年は覚醒までかかるだろう、という魔王の見立てだった。多少読みにズレはあるのかもしれないが、それが活動を始めたとしても、早すぎるだろう。
不審に思っていると、魔王が門番に言った。
「これは、すぐに我々が駆けつけねばならぬ案件なのか? 東の都といえば、城塞都市であり、多くの勇者を輩出してきたという、軍事都市でもあろうが? それがまさか、陥落したというのか?」
「いえ。そういうことではないと思います。なんでも、巨大な龍が現れて、街の一部を破壊していった、とか、なんとか……」
「龍……だと?」
「ええ。大きな龍です。空を飛んで、火を吐き、爪で家畜を引き裂き……なんとか、東の都の軍隊が追い払ったようですが」
「それがなぜ魔王の一味であると分かる?」
「え? さあ……。こんなことをするのが魔王くらいだからじゃないでしょうか」
「……ふっ。まあ、それもそうだな」
苦笑してから、魔王は改めて、考えているようだった。
「ふうむ……。だが、我々はまだこの周辺の街に結界を施さねばならぬからな。どちらにせよ、出発に時間はかかる。分かるな、小僧」
念を押すように、魔王が言ってくる。
僕は、渋々頷いた。
本当なら、今すぐにでも東の都に駆けつけたいが。そういう危険があるというなら、なおさら、この近辺の守りを固めてからでなければ、出発はできないだろう。
その大きな龍にどれほど通用するのかは分からないが、破邪結界は基本的に、邪気で作られた魔物は近寄れないからだ。
「だが、次の目的地は決まったな」
「ええ。東の都ですね」
僕はチラシを懐に入れると、街に入った。
新聞屋らしき人が、号外! と叫びながら、門番の持っていたチラシと同じようなものを配って回っている。
このところの平和なムードとは一転して、都の人たちには不安の影が差しているようだった。僕を見るなり、大丈夫なのかどうか訊いてくる人も多い。
それらに大丈夫だと返事をしてから、僕たちは釣竿を借りに向かった。
そして、北の川で釣り糸を垂らしながら、僕は魔王に訊いた。
「あのう……。一応聞きますけど、釣りなんてやってる場合なんでしょうか?」
「まあ、大丈夫だろう。組織された軍隊の力というのは、なかなか侮れぬものがある。私たちが仕事を終えて辿り着くまでは、保つだろうよ。せいぜい、日頃の訓練の成果を試す機会というのを与えてやろうではないか」
「いいんですかねぇ……」
「いいのだ。いいか、軍隊が敵わずに全滅するような強大な龍が相手であれば、今のお前が戦っても死ぬだけだ。行く意味は無いし、私としてはそれを防がねばならぬ。一夜にして東の都が滅ぶほどの敵なら、ますます駆けつける意味はない」
「それは、そうなんでしょうけど……」
「そう心配するな。軍隊が出ても敵わないような魔物なぞ、私は作っておらぬ。意味がないからな。あくまでも、勇者ひとりで手に負えて、その力の糧となるような魔物を想定して、製造していたのだから」
「なんだ……そうだったんですか」
それもこれも、王家との盟約――魔王と王家が結託して十分な力を持った勇者を育てる、という目的――のため、というわけか。
僕は水面に浮かぶ仕掛け――ウキを注視しながら、今さらながら茶番であった事実に感謝していた。それなら、東の都は大丈夫なのかもしれない。
「ただ、な……」
一緒にウキを見ている魔王が言う。
「ただ? なんです?」
「うーん、どれほど思い出そうとしても、私は龍なぞ、作った覚えがないのだがな……」
「えっ」
「作ったかな……。どうだったかな……? いや、作ってないと思うんだがな……」
「分かんないんですか? 理屈で考えてみたらどうです?」
「理屈か。うーん……。どう考えても、そういう魔物は、作ったりしていないと思うんだが。大きな魔物を作るには、構造上の制限もあるしなぁ……」
自信なさげな魔王だったが、理屈としても、やはり作ったりはしない、というほうが正しいようだ。
「しっかりしてくださいよ。魔王さんが作ったんじゃなかったら、どこから湧いてきたっていうんですか、その龍は。誰が作ったっていうんです?」
「うーん。理屈にのっとれば、私以外の魔王、ということになるが」
「えっ……。あの鉱山の中で話したみたいな、千年以上前、大昔の魔王ですか?」
「うむ。そうなる。が、まあ……それはないだろう。私が作ったのを忘れているのだろうさ。そんな大昔の魔王が作った魔物が生き延びているのなら、たっぷりと邪気を吸い、手がつけられないほど恐ろしい魔物になっているだろうからな。そんなものの存在を考慮すること自体が、ナンセンスだ」
「……そ、そうですね。あはは……」
門番は、巨大な龍と言っていたが。
僕はまだウキを見つめながら、付け足して訊いた。
「たとえば……。たとえばですよ? 大昔の魔王って、魔王さんとは違って、人間と本気で対立していたわけじゃないですか。それで……だから人間を本気で滅ぼそうと思って、そのために、すっごく強い魔物……大きい龍なんかを作って。でも、作ったはいいけど、強すぎるから持て余しちゃって。仕方ないから、それこそ封印なんかしておいて。それが、あの北の爆発の影響で起きてきちゃったとか、まさか、そういうことっていうのは……」
僕は、言葉の途中でウキから目を離して魔王のほうに首を向けていた。
魔王も、なんとも言えない目で僕を見てくる。
「……いかにももっともらしく、あり得そうな話ではあるな……」
ふたりで、はあ、と嘆息してから、ウキに顔を戻す。
「……万が一ってことがあるんで、出発、できるだけ早めません?」
「……そうだな。この目で確かめねば、結局、どういうことかは、分からんしな」
ふたりして、どことなく憂鬱な気分になっていた。
次の東の都では、どんな出来事が待っているんだろう。
あの質屋を出たときは、どんなものでもかかってこい、という気分だったが。
川面のウキが、といといと引かれている。
魚が食いついたようだが、竿を上げる気にならない。
僕と魔王は、待ち受けているとってもイヤな予感に、また嘆息をした。
第一章、完結です。お疲れさまでございました。
弱くなってしまった勇者くんと猫になってしまった魔王さんのコンビ、楽しんでいただけましたでしょうか。
次は東の都編でございます。敵もとんでもないものが出てきますが、勇者くんと魔王さんのコンビはますますパワーアップし、そしてふたりに肩を並べられるほどの新しい仲間も登場してきます。
お話も右肩上がりに面白くなっていくと思いますので、どうぞ変わらずご愛顧のほど、よろしくお願いいたします!




