第4話 最終決戦 魔王城 #4
魔王は、右腕をこちらへ差し出した。
なにが起きるのかを悟り、僕は剣を床に突き立てた。
「死ね」
囁きは、はっきりこちらの耳に届いた。が、刹那の後の轟音にかき消される。
魔王の腕から、黒炎が濁流のように、こちら目がけて迸った。
が、同時に、僕も剣気を引き起こしていた。真正面から受け止める壁ではなく、三角の形にして、黒炎流を割り、受け流すための盾を形成する。
炎が通過すると、玉座の間は一変していた。
僕と魔王の周囲には炎が燃えさかっている。取り囲むように。
これは、彼女がわざとやったのだと悟る。
僕の心中を読んだように、魔王は言ってきた。
「いくらでも付き合うとは言ったが。よくよく考えてみれば、お前に殺された魔物たちの補充もせねばならんしな。そろそろ終わりにしよう」
魔王は再び、右手を示してきた。今度は雷でも炎でもなく、剣気に似たものが、その手を覆っていく。
だがそれは、剣を極めた勇者にしか扱えない聖なる剣気とは正逆の――暗黒そのものを凝縮したかのような、禍々しい力だ。
魔王にしか扱えない、邪気と呼ばれる力だと、僕は認めた。
「因果なものでな。私の最強の武器がこれだ。『黒の剣』という。魔王としての力をすべて込めた、渾身の手刀だ」
それに、僕は頷いた。
魔王は、その一撃で勝負を決めよう、というのだろう。
彼女は、言葉を続けた。
「小僧。お前は強い。力だけなら『最初の勇者』に並ぶかもしれぬ」
最初の勇者――
千年前のある日、突然天より降り来たり、この魔王城に君臨した魔王。それを討伐するために向かった、一番最初の勇者のことだ。
この魔王が君臨してから千年の歴史の中で、最初に魔王に挑んだとされることから、そう呼ばれている。歴史上、もっとも強いとされる勇者。
そして、その最初の勇者が勝てなかったからこそ、この魔王が大陸の第二の支配者となった、と言われている。
確かに、僕は強いのかもしれない。
この魔王城までの旅路で、一度も苦戦することはなかった。剣気だって、剣を習い始めたその日から感じることができたし、数年で自由に扱えるようになった。
周囲からは、最強の勇者だと言われた。仲間も必要なかった。
今度こそ、大陸に平和が戻るのだ、とみんなが言っていた。
でも、これは、僕が望んで手に入れた力じゃない。
それでも――それでも、人々の平和に役立てるのなら。そう思って、ここまで来た。
僕は、剣を構えて、力を込めた。
魔王に倣い、全身に持てるありったけの力を凝縮し、剣に込める。
聖剣は剣気を宿し、白く輝いた。魔王の『黒の剣』とは、まったく対照的だ。
こちらを見て、魔王は頷いた。
「良い。その力でもって、見事私を討ち果たせるか。試してみろ」
「……行きますよ」
お互いの全力。これをぶつけ合えば、どちらかが死ぬ。そんな結末が見える。
結局魔王を説得できないのか。
そんな心残りはあったが、背負ってきた人々の思い――平和への渇望を無視することもまた、できそうにない。
魔王の力と、僕の力はたぶん、ほぼ互角だ。両方死ぬかもしれない。
そうなれば、きっと、一番いい――
一縷の希望を込めて、僕は踏み込んだ。
魔王も、踏み込んでくる。
炎に包まれた玉座の間で、僕たちは一気に距離を詰めて、剣と手刀を交えた。
耳を聾する音が響く。
剣気と邪気、聖なる力と邪悪な力。
正反対の気が擦れ合い、硬質な不協和音を奏でる。
鍔迫り合いのように、しばし、力が拮抗する。
僕のほとんど目の前に、魔王の顔がある。
「ぬっ……! くっ……!」
「うぅっ……!」
歯を食いしばったその隙間から、お互いに呻きを漏らす。
やはり、魔王の力はすごい。ちょっとでも気を抜けば、押し負けて斬られる。
僕は、剣気の出力を増した。魔王も負けじと、さらに力を振り絞ってくる。
聖なる剣気と、魔王の邪気が触れ合い、さらに軋みを上げる。それは周囲の空間にまで伝播していく。床が震え始めた。
まるで、小型の地震のようだった。
僕は焦りを感じていた。まずい、という漠然とした感覚がある。力は、魔王のほうが上かもしれない――
と、魔王が目の色を変えた。余裕があった彼女の顔に、初めて狼狽が見えた。
「ち――しまった! くそ、私としたことが……!」
その言葉は、明らかに僕へ向けてものではなかった。
次の瞬間――
僕の視界は、真っ白に塗り潰されて、身体が思いきり宙に投げ出されるような浮遊感を味わっていた。
さらにほんの数瞬遅れて聞こえた轟音を、なんとか意識が捉えて。
すぐに、視界が暗転する。
ああ、僕は、よく分からないけど、とんでもない爆発に吹っ飛ばされているんだな――
そんなことを、失神しながらも理解していたのだった。




