第39話 一件落着
「え?」
僕は訊き返した。店主は、続けた。
「しかし、私は首長の前で、落としたとウソをついてしまいました……。あの時私は、宝玉を持っていて……それまでは、私は、私の犯してしまったことに怖じ気づいて、返す気でいたんです……」
そうだったのか、と僕は頷いた。
盗賊に宝玉を盗ませはした。だが実際に宝玉を手にして、恐ろしくなってしまった。
だから、返そうと必死に都まで走った。が、最後の最後で翻意し、やっぱり、宝玉を我が物としてしまった。
そういう経緯だったからこそ、盗難の計画がめちゃくちゃで、急ごしらえのように見えたのだろう。実際に、かなり切羽詰まって立てられたプランだったのだ。
「私は、本気で、返そうと思っていたんです。この店から慌てて走り、毒の沼地を越え、橋があることも忘れて川を横切り……」
「おいちょっと待て」
魔王が口を挟む。
「お前……。本当にあの地図のルート通りに、駆けてきたのか」
「え? ええ、はい」
「どんな体力をしている。お前、元勇者かなにかか」
「そんなまさか。その時は、返却しようと思っていたので、神聖宝玉を持っていたんですよ。だから、身体の底から力が湧いてきて。どんな道であろうと平気でした」
「むう……。そういうことだったのか……」
呆気にとられて、魔王は呻いていたが。
僕は、笑い出したい気分だった。大真面目に推理していたことが、あっさりと覆った。
神聖宝玉は、魔法や剣気の源である、生命エネルギーの詰まった宝玉だ。それなら、持っているだけで力が湧いてくるし、身体能力も強化される。あり得ない話ではない。
『実際に訊いてみるまでは、物事は分からぬ』と言っていたのが魔王だったのも、なんだか皮肉な話だった。
旦那は、話を続ける。
「ですが、いざ返そうというときに、翻心してしまいました。……すべては、この私の心が、弱かったからです。これからは、社会に恩を返すことを考えて、誠心誠意、生きていこうと思います」
僕は、首を振った。
「旦那さんは、悪くないですよ。そもそも、そういう選択からいろんなことが起きて、こうして丸く収まったんです。これが、きっと、一番いい形だったんですから」
「そうそう。旦那も、くよくよしてねえで、これからもっとこの店を大きくして、この街を西の都くらい発展させるつもりでいこうぜ」
元黒板屋は、にっと笑った。
「そういうわけで。勇者さまたちも、またこっちに来ることがあったらぜひ、寄ってくれよな。次来る頃には、もっとデカい店になってるからよ」
「そうですね。じゃあ、その時を楽しみにしています」
「またきてね、ゆうしゃさま、ねこちゃん! まってるから!」
その女の子の言葉に、僕も魔王も笑顔で頷いた。
それから別れの挨拶を交わして、僕たちは店を出た。
十メートルほど歩いて振り返ると、店先まで出てきて手を振っている三人の姿が見える。
僕は手を、魔王は尻尾を振り返して、それから、馬屋へと向かう。
「さて。これですべて、丸く収まったな。お前の活躍で」
魔王が歩きながら言う。それに、僕は首を振った。
「違いますよ。僕と、魔王さんの活躍で、です」
「ふむ……」
なにか考え込むように言った彼女に、僕は訊いた。
「どうです? いいものじゃないですか? みんなが笑って、ちゃんと生きていけるって。あの子が元気にしていてくれて、どう思いました?」
「ふん。私は魔王だぞ。人助けをしたつもりはない」
きっぱりと言ってくる。
が、僕がじっと魔王を見ていると、舌打ちをひとつしてから、言い直してきた。
「……まあ、存外、悪い気分でもないな」
「ふふん。でしょう? でしょう?」
「鬱陶しいなお前。調子に乗るな」
尻尾でこちらの脛を、ぴしぴしとはたいてくる。
「これから、この街だけでなく、西の都の周囲にある町や村すべてに、破邪結界を施していくんだからな。その後は、また別の都市だぞ」
「ええ。分かってます。出発まで、何日かかりますかね?」
「さあな。もう数日……というところかな。四月中には、次の都に着けるといいが」
「ですね」
僕は、歩きながら街を見回した。
みんな、楽しそうに生活を送れている。
商店の軒先には燕が巣を作り、子に餌をやるために、何度も往復しているようだ。
平和そのものだった。
この平和は、僕だけでない。僕と魔王で、守ったものだ。
僕は空を見上げた。輝いている太陽に、拳を突き上げる。
「よーし! この調子で、一緒に世界を守りましょう! 魔王さん!」
「うむ。だが、天下の往来でそれはやめろ。傍目にはヤバいやつだぞ、お前」
分かっている。が、それくらいのことを宣言してやりたい、そんな気分だった。
ともかく、僕と魔王の旅は、まだまだ続く。
残る都市は、東と南、そして北の三ヶ所だ。
どんな困難が待ち受けているのかは分からないが、そのどれも、僕たちを止めることはできないだろう。
必ず、この大陸を救ってみせる。
そう決心して、僕は歩む足取りをさらに強くした。
「まったく、若造が。入れ込むのもいいが、頭もちゃんと働かせろよ」
横を歩く魔王に言われて、僕は頷いた。
「もちろんですよ。で、このあとはどうします?」
「まぁ、暇ではあるな。……そうだ、釣りなんてのは、どうだ。あそこの川で、前回のリベンジだ」
「前、散々な目にあったじゃないですか。それにまだアユは捕れないですよ」
「もはやアユなどはどうでもよいのだ。負けたまま、というのは魔王の沽券にかかわる。それに、あの時は投げ網などという、難しい漁具であったろう。釣りなら、その辺のガキどももやってるではないか」
「まあ、そうですね。じゃあ……都に戻って、釣具、借りてきましょうか」
「うむ」
そうして、僕たちは馬を駆って、西の都に戻った。
そんなふうに、このところは毎日、結界を張る作業以外は、悠々とした――つまりは暇でしょうがない生活になっていたのだが。
馬が都に近づくにつれて、なにやら気配がおかしいことに気づく。
「……なんだ? なんの騒ぎだ?」
魔王も気づいたようだ。




