第37話 魔王と勇者 その理と心
翌朝――
目を覚ますと、信じられないほどに体調は良かった。我ながら頑丈な身体だ。
ベッドに身体を起こしたまま、朝日の差し込む窓に目をやる。光線に手を翳して、その暖かさを感じる。
ふう、と僕は息をついた。
昨日は、本当に大変な一日だった。
盗賊の尋問に始まり、すぐに質屋の旦那に話を聞きに行き。
そして、魔王とケンカをした。お互いの価値観が、正反対だったから。
意地を張って、僕はひとりで魔水晶鉱山に突入した。
巨大蠍と戦い、死にかけた。そこに駆けつけた魔王が、助けてくれた。
その後、ふたりで協力して、先代勇者の父が倒すのを断念したという、火炎蜥蜴を討伐して魔水晶鉱山を解放した。
そのお祝いに宴が開かれて、おいしいものをたくさん食べた。
二年前にスタートした旅の時にも、こういう出来事はあった。
が、今ほどの充実感はなかったように思う。
僕は、ベッドの枕元に置いてある椅子の上で丸くなっている黒猫を見た。
――きっと、魔王さんがいてくれるからなんだな。
価値観はまるで反対で、昨日は本当に腹が立ったが。
でも、だからこそ。一緒にいる意味があるのかもしれない。
少なくとも、魔王が一緒にいてくれる旅を知った今、ひとりでの旅はひどく味気なく感じることだろう。
僕は手を伸ばして、魔王の頭を撫でた。
すると、ぴく、と動いて目が開く。
「……なんだ。もう朝か」
くぁ、とあくびをひとつして、魔王は身体を起こした。それからおすわりをして、こちらを見てくる。
「で、なんだ小僧。撫でたりして。センチな気分にでもなったか?」
「いや、まあ……」
言い様に苦笑する。僕も、魔王に身体を向けた。
向かい合ってから、僕は言った。
「あの。魔王さん。昨日はごめんなさい」
「またその話か? 私は気にしておらぬ。お前も気にするな」
「いえ。その。それじゃ、僕の気が済まなくて」
断ってから、言い直す。
「あの。ごめんなさい。昨日、僕は、ひどいことを言いました。あの子のお母さんを、魔王さんが殺したも同然だって、そんなことを。それを、ずっと謝りたくて」
「……気にしておらぬというのに。それに、それは事実だ。私が作った魔物がそうしたのなら、間違いなく、それは私の咎であろうよ」
目を細めて、魔王は言う。少しも、言い訳はしてこない。
僕は首を振った。
「理屈だと、そうかもしれません。でも、僕は、魔王さんのことをなにも考えていなかった。恥ずかしいです。魔王さんに、あんなことを言っておいて……魔王さんのことをなんにも考えてなくて」
「よせ。くどいぞ。しかも、私に情けなぞかけようとするな」
きっぱりと言ってくるのだが、僕はまた、首を振った。
「いいえ。魔王さんは、邪悪なるものが放つ邪気をやりくりするための方法として、魔物を作っていたはずです。それを僕たち勇者や、都が所有する軍隊が対処したりして、倒していけば、大陸に満ちる邪気は増えなくて済むからと、そこまで計算して」
「……ふん。人がいなくなれば魔王の意味も無くなるからに過ぎぬ。前に言ったろう。魔王であるがゆえの、壮大な矛盾よ」
「でも、だからって千年、それを続けるなんて。僕じゃきっと、できないと思います。それを続けてきた魔王さんが、その……人の気持ちとか、そういうところまで分からないはずがないと思っていて。だから……だから、僕は、すごく腹が立ったんです」
「買い被りすぎだ。私は魔王だ。今までも、そしてこれからもな」
それだけ言って、魔王はふっと笑った。ように見えた。
「だが、お前にだけ言わせるのは、不平等だな。私も、考えが足りなかった。あの解決策は、私なりに、お前たち人間にとってもっとも丸く収まるであろう形を思って考えたものだった。それに、偽りはない」
僕は、黙って頷いた。
魔王は、先を続ける。
「私は魔王だ。人を動かす理屈は理解できても、その心までは、どうやっても理解できぬ。お前に叱られ、私は、私の限界を知った。そしてなにより、勇者であるお前が凱旋したときに人々の間に迸った歓喜を見て、お前のやり方こそが、人の世では正しいのだということも、理解できた」
そこで一呼吸おいてから、魔王はさらに言った。
「しかし、お前は甘すぎる。お前の考え方では、いつか足元を掬われるぞ。感情や心だけでなく、理も無くてはならぬものだという考えまでは、私は捨てるつもりはない。だからだな……」
おほん、と魔王は咳払いをした。
「お前に死なれては困る。この大陸を邪悪の手から取り戻すには、お前が必要なのだ」
「……僕には、魔王さんが必要です」
口を突いて出た言葉だったが。魔王は、すんなり頷いた。
「うむ。だから、これでいい」
「これで、いい?」
「お前の感情論だけでは不安だ。だが、私の理屈に凝り固まった考えでは、人に寄り添えぬ。だから……半分ずつだ。これからは、私の理とお前の心を合わせて、ひとつの答えとしていくのだ。……これで、どうだ?」
「僕と、魔王さんで、一緒にひとつの答えを出す……」
「そういうことだ。どうだ? 名案であろう?」
ひび割れた大地に、雨が降るような――
そんな詩的なものでもないだろうが、魔王の言葉は、僕の心に、驚くほどすんなりと沁み込んできた。
たまらず、椅子から魔王を抱え上げて、抱きしめる。
胸に魔王を抱いて、言った。
「それ――最高です。最高の答えですよ、魔王さん」
「ふん。理でもって辿り着いただけだ。ふたりで協力せねば旅は続けられぬし、邪悪なるものも倒せぬ。だから、当たり前の事だろう」
「でも、僕は感動しました。そんな当たり前で、簡単なことが、こんなにも素晴らしいことだなんて――」
「大袈裟だ。やっぱり、人の気持ちというヤツは、理解できんな」
そうは言いながらも、抱きすくめる僕の手を、魔王は振りほどいたりはしない。
僕と魔王の価値観は反対で、きっとこれから、今回みたいに本気でケンカをすることもあるだろう。
僕も魔王も、足りないものがある。
魔王は、理屈があっても人の心に寄り添えない。
僕は僕で、気持ちばかりを先走らせて、考えが足りない。
でも、と思った。
だからこそ。そんなふたりだからこそ、進んでいける道があるのだ。
決して、ひとりでは見つけられなかった道だ。
その道があれば――その道を進んでいけたら、北にいる真の敵であろうとなんだろうと、僕たちの敵ではないのではないか。
勇者と魔王が、本当の意味で手を組むことになるのだから。
理屈からも、心からも、そう思えた。




