第36話 魔水晶鉱山の死闘 そして
必死で思考を巡らせる。
打つ手は――なにか打つ手はないか。
と、答えを見つけると同時に、声がした。
「小僧! つるはしだ!」
「はい!」
火炎蜥蜴が、炎を吐き出そうとする、その瞬間。
僕は背負っていた、魔水晶を掘るための道具――つるはしに手を伸ばした。
つるはしの先端部分にのみ、わずかばかりの剣気を施して、蜥蜴の目と目の間、眉間を狙って振り下ろす。
怯ませるだけのつもりだったが、それはあっさり、強靱な鱗を貫いた。
剣より重く、一点に力が集中する道具だからだろう。採掘道具も、馬鹿にできない。
悲鳴を上げた蜥蜴はのけ反り、僕の左腕も放した。
僕はすぐに足元から剣を拾った。顔を上げる。
苦痛に蜥蜴はのけ反ったまま悲鳴を上げている。完全に、急所を露呈していた。
僕は、蜥蜴の心臓の場所を探した。
僕になくなったのは、経験だ。記憶はそのまま。
経験を生かして、ほとんど無意識に急所を突くなんて芸当はできなくなったが、急所がどこかということは知っている。記憶している。
だから、見さえすればそれがどこか、分かる。
僕は心臓の場所を目がけて、剣を構えて体当たりした。
深々と、剣が蜥蜴の胸部を貫く。
が、まだ終わっていない。剣を通して、心臓の鼓動を感じる。
その鼓動目がけて、剣気を放つ。
最後の一滴――これが、自分にできる最後の剣気の迸りだった。
それは、内部から蜥蜴の心臓を破裂させた。
びくりと蜥蜴が痙攣する。そして、すうっと力が無くなっていった。
力を失った蜥蜴は、こちらに倒れてくる。
それを払いのける力も、逃げる力も、僕には無かった。
結果として身体半分を蜥蜴の死体で下敷きにされつつ、僕は倒れ込んだ。
重い。起き上がれない。
そのまま寝ていると、気配が近づいてきた。
視界にひょこっと、黒猫が出てくる。
「不細工な勝ち方だが、よくやった。強いて言えば、火炎を浴びて頭がアフロへアになっていれば、上出来だったんだがな」
その言葉に、僕は笑ってしまった。ひどい軽口だが、今はなにを聞いても、笑ってしまいそうだった。
「魔王さんが一緒に炎を浴びてアフロになってくれるなら、やってもいいですよ」
「『アフロ一行、世界を救う』か? 馬鹿を言うな」
魔王もおかしいのか、自分で言って笑っている。
しばらく、ふたりでくすくす笑って。気が済んでから、僕は言った。
「魔王さん、ありがとうございます。アドバイスとか、いろいろ。でも、手は出さないでいてくれて」
「ふん。保護者とは、そういうものだ。しかし、見ているこっちは冷や冷やものだったぞ。さっさと力を取り戻せ。『ガンガンいこうぜ』という指示だけで済むようにしろ。いちいち命令させるな」
「いやあ……。今は『いのちだいじに』で精一杯です……」
「ふん……。まあいい。死なずに済み、魔水晶も手に入れられそうだしな。お前も、このような大物をひとりで倒せたのだから、いい経験になったろう」
「ええ、そうですね」
「差し当たっては。九十九段階評価で、あの爆発直後は一であったのが、今は十くらいにはなったであろうかな」
「なんです? それ?」
「便宜上つけた評価だ」
「魔王さんは、九十九段階で、いくつなんです?」
「そんなもの、九十九に決まっておろうが。いや、千かな」
「超えちゃってますよ。子供じゃないんですから」
「ほっとけ。お前が訊くからだ」
言って、魔王は僕の額をてしてしと猫パンチしてきた。
「では、早く起きろ。魔水晶を掘り、持ち帰るまでが探索だぞ」
「ああ……。そうなんですよね。あの、疲れたんでちょっと寝ていいですか」
「馬鹿たれ。蜥蜴を布団にする気か。こんなところで寝たらカビかキノコが生えるぞ」
「それは嫌だなぁ……」
「それか、冬虫夏草かなにかに寄生されるかもな。キノコ人間、キノコ勇者……」
「起きます。すぐ起きます。今起きます」
頭から生えた巨大キノコに操られる自分を想像して、たまらない気分になる。慌てて僕は、蜥蜴の下から這い出した。
蜥蜴の死体を見て、魔王はうーんと唸った。
「しかし、立派よな。魔物は邪気を吸って、生産したあとも育つことがあるが。これだけ巨大化した魔物も、なかなかおるまい。ここが魔水晶の鉱脈ゆえか」
「ちゃんと、今後は魔物が入り込まないように管理したほうがいいですよね」
「であろうな。なあ、小僧。この死体も、持って帰るぞ」
「え? 無理ですよ、こんな大きいの」
「なあに、私が魔法で運ぶ。お前も勇者としての箔が欲しいであろう。これだけの魔物を倒したということは、誇示しておかねばならぬ。そうしておけば、お前が力を失っているなどとは、誰も考えまいて」
「なるほど。でも、なんか……自慢するみたいでイヤだなぁ」
「なにを言う。れっきとした手柄だ。それに、お前の父でも無理であった魔物だぞ」
「あ、そっか。それは自慢したいです。父さんに、これ見せて、思いっきり」
「イヤミな息子だな、お前……」
もちろん、イヤミではなくて、可愛い息子としてのほんの茶目っ気のつもりだ。(自分で言うことではないが)
ともかく、僕と魔王は手分けをして魔水晶を集めて、火炎蜥蜴の死体を都に持ち帰ることに決めた。
僕の怪我は、実は死ぬほとんど一歩手間で――興奮状態で分からなかったが、左腕は上腕を骨折していて、炎は重大なダメージを与えてくれていた。
それを魔王の魔法で治療してもらったあと(無傷で倒したように思わせるため、出発前よりも綺麗になるほど入念に治してくれた)、僕たちは作業に取りかかった。
革袋がはち切れそうなほど魔水晶を取り、鉱山を出ると、入口には魔王がここに来るために駆り出したという人と馬が待っていた。
それは、あの盗賊だった。
彼は僕らと、いっぱいの魔水晶、そして蜥蜴の死体を見比べて、うんと頷いた。
「いやあ、ただ者じゃあねえとは、あの拷問で分かってたが。本当に、勇者ってのは大したもんなんだな……。俺も足を洗って、真面目に黒板屋をやるよ」
いや、黒板屋じゃなくてもいいのでは、と思ったが、口には出さなかった。
それから三人で西の都に帰ると、雷鳴のような拍手と歓声に迎えられた。
とんでもない大きさの蜥蜴の死体と、希少な魔水晶を袋一杯に持っているのを見て、みんなが魔王の狙い通り、最強の勇者は健在だ、と大喜びだった。
僕はもちろん、助けてくれたみんなのおかげだと、頭を下げるしかなかったが。
ともかく、魔水晶鉱山の解放などを祝い、都を挙げての宴が、なし崩し的に始まってしまった。
僕と魔王は、おいしい料理に舌鼓を打ち。魔王はお酒もたくさん呑んで――
宿に帰り着いたのは、日付が変わった頃だった。
まだ広場のほうで続いている宴の気配を感じながら、僕と魔王はベッドに潜りこんだ。
そして、夜が明けた――




