第35話 魔水晶鉱山の死闘 #2
ごう、と、先ほどよりも強い火炎が、僕に向かって吹き付けられた。
熱い――ひたすらに、熱い。
僕は耐えた。気道、肺、内臓を焼かれないように、息を止め、身体を丸める。
一秒、二秒、とカウントする。永劫とも思える時間だった。
炎が止む。それを確認すると同時に、僕は走った。
剣に力を込める。わずかに白く輝いている剣で、僕はまだ立ち上がって腹を見せていた蜥蜴を、一文字に斬りつけた。
手応え、あった。
じゃああ、と悲鳴のようなものをあげて、火炎蜥蜴が引き下がる。
十メートルほどの間合いを空けて、僕はやっと、息を吸い込んだ。
剣気は、使えた。
以前の僕からすれば、それはほんの、カップ一杯程度のものだったろうが。それでも、なんとか火炎を生き延び、危機を好機に変えることができた。
――あれだけ大袈裟に自分に呼びかけておいて、ちょっと情けないけど。
それでも、成果は成果だ。ちらりと魔王を見ると、頷いてくれた。
「油断するな、小僧。だが、ほんのわずかの剣気であろうと、お前の剣気であればあの程度の魔物なら、あと一太刀、急所に浴びせれば終わりだ! やれ!」
――やれ、でやれたら、簡単なんですけど……。
僕はひとりごちて、剣を構えた。蜥蜴を見据える。
火炎蜥蜴は、恨みがましい目で、こちらを見ているようだった。ガラス玉のような感情のない瞳ではあるが、精一杯の憎しみが篭もっている。
ずっ……と、蜥蜴は四つん這いのまま、身体を低くした。力を蓄えるように、身体をたわませている。
まさか――と、僕が思ったのと同時だった。
火炎蜥蜴は、思い切り跳んだ。矢のように、僕を目がけて。
反応が遅れた。剣気のおかげで死なずには済んだものの、火炎のダメージは結構深かった。そのせいだった。
横に跳ぼうとしていたのだが、ギリギリで間に合わず、左腕に噛みつかれた。
「ぐっ……!」
「小僧!」
左腕は肩口から、ばっくりと蜥蜴に飲み込まれていた。細かい歯が、鋸の刃のように食い込んでいるのが分かる。鋸の刃とはいっても、そのひとつひとつが、短剣ほどもあるのが恐ろしい。
なんとか、腕の感覚はある。防具のおかげで、食いちぎられずには済んだ。が、捕獲されてしまった。
ジャンプしての噛みつきとは。どこまでも芸達者な蜥蜴だ。
いや、噛みつきという攻撃を考慮していなかった僕のミスだ。口は炎を吐くだけだという思い込みがあった。攻撃性の高い魔物なのだから、五体すべて武器にして当然なのに。やはり、勘が鈍っている。
きっと、あの爆発のあと僕に起きた異変は、戦いの経験そのものを僕から奪ったのだろう。魔王が最初に『初期化』と言ったが、その通りだったのだ。
技でも、記憶でもなく、経験がなくなった。その説明なら、しっくりくる。
と。
僕の腕に食らいついたまま、蜥蜴は鼻から息を吸い込んだ。
――まさか、こいつ……!
炎を吐く気だ。こんな状態で吐かれれば、問答無用で即死するだろう。
今のジャンプ噛みつきを受けたときに、剣は取り落としてしまっていた。両手で持っていたのが仇になってしまった。
剣はすぐ足元に落ちているのだが、食らいつかれて動きを封じられているせいで、拾うことはできない。
――まずい。死ぬ。




