第34話 魔水晶鉱山の死闘 #1
「おっと……。大物がいるな。アレが神官長の言っていた、強力な魔物か。先代勇者が、討伐を断念した、という……」
魔王が足を止めて言う。
僕もそれを認めていた。
大きな部屋のような空間の奥に、身体を丸めて寝ているらしい、魔物がいる。
魔法の照明に照らされて分かるのは、赤黒い鱗に覆われた身体であり、尻尾があり、手足には剣のように鋭い爪がある、ということだ。
「まさか……龍……?」
「いや、龍ではない。蜥蜴だな。火炎蜥蜴だ。生身の人間なら一発で生焼けになるほどの炎を吐くぞ。用心しろ」
「アレも作ったんですか?」
「んー、どうだったか。作った気もするな」
「なんで炎なんて吐くようにしちゃったんですか」
「そういうものだろう。格好いいし。ほら、ぐちぐち言わず、死ぬ気でぶち殺してこい。魔水晶の生きた鉱脈は、どうやらアレの背後にあるようだぞ」
どこまでも、おあつらえ向きな話だった。
これも、ある種の様式美なのだろうか。勇者育成の茶番は終わったはずなのに、未だに『それっぽい冒険』という事柄が、呪いのように付きまとっている気がする。
しかし、僕は勇者だ。
茶番であろうとなかろうと、どこまでもそれを、自分なりに全うするだけだ。
僕は剣を構えて、身体から剣気を呼び起こそうとした。
やはり、まだできない。が、ほんの少しだけ、力が入るようになった気もする。
その証拠と言えるのかどうか――ぐっすり眠っていた火炎蜥蜴が、首を持ち上げた。
「うわ……。デカいな……」
思わず呟く。
大きさは、頭から尻尾までで五メートルほどはあるだろう。子供の頃、近所の子たちと一緒にイモリだかヤモリだかを捕まえたことがあった。アレをそのまま、巨大化させたような感じだ。
大体、二十メートル四方はありそうなこの最深部の空間だが、火炎蜥蜴が身体を起こしただけで、一気に狭く感じられた。
ふしゅ、と、火炎蜥蜴の鼻息が、十メートルは離れている僕にも聞こえる。ということは、この距離であっても吐く火炎は届くのかもしれない。
――となれば、距離をおいては戦えない。懐に飛び込み、鱗による保護がない腹部を狙うべきだろう。
僕はすぐさま、駆け出した。両手で剣を構え、距離を詰める。
火炎蜥蜴は、息を吸い込んだ。
来る。
僕は横に思い切り飛んだ。そして、地面を転がる。
ごう、と凄まじい音を立てて、真横を火炎が薙ぎ払っていく。が、一吐きでは終わらない。避けたこちらを追いかけるように、蜥蜴は炎を向けてくる。
それは予想していた。転がった勢いを殺さないまま、足は止めずに走っている。
炎はかすりもせずに、止んだ。それを見届けて、分析する。
――火炎の範囲は、狭い扇形。ピークの幅は二から三メートルほど。勢いからして、最遠部で浴びれば即死はなさそうだが、至近距離で浴びれば死ぬかもしれない。火炎を持続できる時間は三秒ほどで、蜥蜴が首を回す速度と僕の足の速さを比較すると、横に走れば難なく避けられる。これ以上の時間長く吐けるかは、まだ分からない。
しかし、吐くまでには吸気する、という間がある。それが弱点だろう。
以前の僕であれば距離を取り、火炎を誘ってから、その吸気の間に足に込めた剣気を使って一気に距離を詰め、攻撃することができた。
今の僕なら、どうすればいいか。
前肢と後肢の爪は、浴びればひとたまりもなさそうである。次は、それがどの程度素早く動き、どの程度精度があり、どれほど届くのかを調べる必要があるが……。
「小僧。そいつは蜥蜴だからな、知能はお粗末だ。攻撃も単調であろう。しっかりと動きを見極めて対処するがいい。まずは牽制し、攻撃を誘え」
「はい!」
僕は魔王の的確なアドバイスに感謝しつつ、走った。
僕の動きに合わせて、蜥蜴は右前肢を振り上げる。
――攻撃には、テイクバックがあるのか。なら、避けられる。
丸太のような前肢から繰り出される引っかきは、おそらく生身の人間を野菜のように引き裂いてしまうだろう。
それを、急ブレーキをかけて眼前でやり過ごす。そして振り抜けていく前肢に、僕は斬撃を加えた。
固い。巨大爬虫類と戦うのは初めてではないのだが、そうそうあることでもなかった。その中でもこいつは、一番大きいくらいだ。
改めて、その鱗の強靱さに驚く。剣気を使用できない今の僕では、鱗の上からは傷ひとつつけられそうにない。
ともかく、右前肢が戻る前に、距離を詰める。そうすれば、火炎も吐けないはず。
と、踏み出そうとして、僕は訝った。足が止まる。
三メートルほど前に見えたのは、後ろ肢が二本と、真っ白な腹だった。あとは、体躯を支えている尻尾だ。
「小僧! 回避は間に合わぬ! 剣気で身を守れ!」
魔王が叫ぶ。遅れて、僕は理解していた。
今まで四つん這いだった火炎蜥蜴は、後ろ肢で立ち上がったのだ。そうして、僕に火炎を吐けるだけの距離を稼いできた。
そこまでは考えが及んでいなかった。なんて芸達者な蜥蜴だ。
逃げられないと判断して、僕はすぐさま、剣を地面に突き立てた。
蜥蜴が吸気する。
僕は、意識を集中する。
いきなりやってきた、戦いの正念場だった。
剣気を出せねば、僕は死ぬ。そういう局面だ。
ここまで、何体かの魔物は倒してきた。
剣気が呼応してくれそうな気配は感じられた。
なにより、しくじれば死ぬのだ。ここで剣気を使えねば、誰も守れない。
質屋の旦那も、その娘も。
そして、西の都に住むみんなも。
ひいては、この大陸に住む、すべての人間も。
みんなを助けるために、僕は、戦わなければならないのだ。
――起きろ、僕の力……! 今起きないで、いつ起きるっていうんだ……!
気と力を身体に込める。火炎蜥蜴が顎を開き、その喉奥に、赤い光が灯る。
「小僧、貴様ならできる! 信じろ! 己の力を!」
その魔王の叱咤は、最後の一押しとなって、僕の中から力を呼び起こした。
かつてのものとはほど遠い。
なけなし、と言っていいくらいに乏しい剣気だったが、それで僕は身体を覆った。




