第32話 魔王と魔物
僕と魔王は、体液の跡を頼りに、巨大蠍のあとを追った。
そして、すぐに見つけることはできた。坑道の途中で、絶息していたのだ。
僕は蠍の死体から剣を引き抜いて、体液を払った。
「この程度の雑魚に、相討ち覚悟なのだからな。意地を張るのは構わぬが、お前は弱いのだということを忘れるなよ」
「はい。でも……自分が弱いからって、引き下がったりはしませんよ」
剣を手に提げて、魔王に応える。
やれやれ、と魔王はまた嘆息した。
「お前が力を取り戻すことで、北の地に眠る邪悪を滅ぼせるのだということも忘れるなよ。お前が死ぬ、ということは、この大陸が滅ぶことと同義なのだぞ」
「そうは言いますけど……。僕にとっては、僕自身よりも、あの質屋の旦那さんと女の子の命のほうが大事なんです。目の前の命を救えないのに、大陸を救うなんて、そんなの無理じゃないですか?」
さっきはつい、弱気になってしまったが。その気持ちは変わっていない。
僕の言葉を聞いて、魔王はまたまた嘆息した。
「……馬鹿者よな。まぁ、仕方ない。馬鹿につける薬はないゆえ、せいぜい、お前が死なぬように目を配らねばな」
「ごめんなさい。よろしくお願いします」
「いちいち謝るなというのに」
喋りながら、僕と魔王は坑道を道なりに進んでいく。
地図によると大きな分岐はなく、それだけで、大きな空間に出るはずなのだが。
魔物はどこにもいない。坑道は静寂そのものだ。
なんにも遭遇せずに歩いていると、魔王がぽつりとこぼした。
「……むう。しまったな」
「なにがです?」
「私は魔王だ。この千年間、魔物を作っていたのは私だということだ。その私に対して挑む魔物など、いるはずがないではないか」
「あ。そっか……」
「くそ、私としたことが、そんな単純なことを失念しておったとはな……。これでは、お前に経験を積ませるというプランはパア、か……」
口惜しそうな魔王だった。
僕も考えが至っていなかった。
魔物というのは、魔王が邪悪な気を加工して作った、邪悪な生き物だという。
なら、制作者である魔王に襲いかかる魔物など、いるわけがないってことか。
ふと気になって、僕は訊いてみた。
「魔物って、どうやって作るんです? 邪気を使って作るんだって言ってましたけど」
「ん? そうだな、邪気をこねてこねて、粘土細工でも作るようにするだけだ」
「へえ……。楽しそうですね。ああいう、蝙蝠とか、蠍とか、蛞蝓とか蚯蚓とか、そういう気持ち悪い生き物がモデルなのは、なんでなんです?」
「そのほうが感じが出るだろ。魔物だぞ。図鑑かなんかを参考にな、ちょっとたまにアレンジなんかを加えつつ、暇でしょうがないときにやるのよ。たまに無性に作りたくなる時もあるな」
「ふうん……。そういうもんですか」
聞きながら、僕は、その魔王の作った魔物が、あの質屋の旦那の奥さんを殺めた、ということを思い出していた。
さっきは、ひどいことを言ってしまった。魔王が奥さんを殺したのだ、と。
魔王は、明らかにその言葉に動揺したようだった。
魔王が作った魔物が殺したのなら、魔王が殺したも同義。理屈としては、その通りなのだろうが――
天より降り来たる邪悪をあの地に封印した魔王は、それから漏れ出る邪気を、魔物に加工していた、という。
それはきっと必要なことで、善行とも考えられる。
魔王が邪気を魔物に加工し、世に放つ。それを勇者が倒す。
そうすれば、多少なりともこの大陸に満ちる邪気は目減りするはずだ。少なくとも、増えていく一方ということはないだろう。
それを……魔王が魔物を作ったから、という側面だけを取り上げて、あなたのせいだ、と指弾するのは、少しもフェアじゃない。さっき、僕が非難した魔王の言葉と同じだ。
魔王だって、必要なことをやっていたに過ぎないのだ。世界を平穏に保つために。
僕こそ、魔王の気持ちを、少しも考えていなかった。
それを改めて、謝りたかったが――魔王自身が、そこまで触れてほしくないという態度をしているようにも見える。




