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始まりの魔王と終わりの勇者 ~ふびんな天然最強勇者の僕が、猫になった最凶ワンオペ魔王さんと、大陸を救う旅に出た――食べて戦って呪われて恋もする、ハチャメチャな144日間の記録~  作者: 式見 汀花
第一章 西の都 ~海の見える都~

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第30話 魔水晶鉱山 #2

 僕は呼吸を整えた。剣を抜く。


 剣気を扱えればものの数ではないが。まともにやり合うとどうなるか分からない。毒を持っている敵と、鉱山の奥でたったひとりで対峙する――それはつまり、毒をもらったら死ぬ、ということを意味している。


 しかし、進行方向に居座るこの巨大蠍を迂回することはできそうにない。


 やるしかなかった。


 僕が剣を片手で構えると、巨大蠍もなにかを感じたのか、一気に間合いを詰めてきた。


 尻尾が動く。突いてくる気だろう。それをらして、その隙に一撃を決める。そんなイメージを脳内で組み立て――


 毒針の一撃は、見事にあっさりと僕の心臓の上を叩いた。


 速すぎて、反応できなかった。が、心臓は胸当てが防御している。すごい衝撃だったがそれに踏みとどまり、蠍の頭のあたりを、剣で一撃する。


 固い。当たり前だが、一撃では殺せない。


 巨大蠍は、キイ、と鳴いて、後ずさった。左右どちらかに動いてくれれば、横を通り抜けられそうなのだが。そう、上手くもいかないようだ。


 怯んだかに見えた巨大蠍は、斬りつけたところから緑色の粘液を漏らしながら、すぐにまた近づいてきた。今度は、鋏を振り上げている。


 僕は鋏の一撃を、なんとか剣で逸らした。が。


 鋏はおとりだった。左腕に衝撃と、激痛が奔る。

 尻尾の毒針が、篭手に保護されていない肘のあたりに突き刺さっていた。


 たいまつを取り落とす。

 それでも僕は左腕を尻尾に絡めた。

 人の腕ほどもあるその尻尾を、痛む左手で掴み、一息に剣で斬り落とす。


 そのまま、傷をつけてあった頭に剣を突き刺した。一際高く、巨大蠍が鳴く。


 僕の剣が刺さったまま、カニかなにかにも見える素早い動きで、巨大蠍は坑道の奥へ逃げていった。

 それを見送って、僕はひとりごちた。


「くっそ……。ここまでやって……。あんな魔物一匹も……殺せないのか……」


 情けなくて、大声で笑い出したい気分ではあった。

 身体に力が入らず、その場にへたり込む。


 毒が、全身に回り始めていると分かった。無茶をした左腕の感覚はもうない。指一本動かせないし、毒の痺れが全身を支配し始めている。


 尻尾を掴んで斬り落とし、そのまま突きを打った――その動きでさえ、今の自分の限界を超えるような動きだったのだ。

 それでも、そんな動きができたのだから、爆発で吹っ飛ばされた後の、不定形の魔物に殺されかけたときよりは、力と技は戻ってきている。


 とはいえ、以前の自分なら、鋏を逸らし、その後の毒針も回避して、その上で余裕をもって一撃を加えていたはずだ。


 情けない。僕の取り柄なんて、剣技だけなのに……それすらも失ってしまった。

 身体が震えていた。毒の痺れによる痙攣なのか、笑っているのかも区別がつかない。


 もはやしゃがんでもいられず、大の字に倒れ込んだ。


 身体が、動かない。

 しかし、こんなにも弱い勇者には、こんな幕切れが相応しいような気もした。

 と、なにかの気配がした。


 ひた、ひたと、足音が迫る。


 早速、新手の魔物が来たらしい。生きたまま食われるのは勘弁してほしかったが、それを伝えることもできそうにない。

 目を閉じると、声がした。


「おお勇者よ。こんなところで諦めるとは情けない」


 魔王の声だ。


「お前が諦めれば、あの小娘の命はどうなる? 大見得切ったくせに、そんな終わり方でいいのか、お前は」


 呆れたような響きだった。


 もちろん、いいわけがない。

 僕の命だけの問題だったら、いくらでも諦めは利くけれど――

 そうだ。あの子の命が懸かっている。

 絶対に、助けないといけないんだ。


 目を見開いて、跳ね起き――たかったが、毒のせいでできない。


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