第30話 魔水晶鉱山 #2
僕は呼吸を整えた。剣を抜く。
剣気を扱えればものの数ではないが。まともにやり合うとどうなるか分からない。毒を持っている敵と、鉱山の奥でたったひとりで対峙する――それはつまり、毒をもらったら死ぬ、ということを意味している。
しかし、進行方向に居座るこの巨大蠍を迂回することはできそうにない。
やるしかなかった。
僕が剣を片手で構えると、巨大蠍もなにかを感じたのか、一気に間合いを詰めてきた。
尻尾が動く。突いてくる気だろう。それを逸らして、その隙に一撃を決める。そんなイメージを脳内で組み立て――
毒針の一撃は、見事にあっさりと僕の心臓の上を叩いた。
速すぎて、反応できなかった。が、心臓は胸当てが防御している。すごい衝撃だったがそれに踏みとどまり、蠍の頭のあたりを、剣で一撃する。
固い。当たり前だが、一撃では殺せない。
巨大蠍は、キイ、と鳴いて、後ずさった。左右どちらかに動いてくれれば、横を通り抜けられそうなのだが。そう、上手くもいかないようだ。
怯んだかに見えた巨大蠍は、斬りつけたところから緑色の粘液を漏らしながら、すぐにまた近づいてきた。今度は、鋏を振り上げている。
僕は鋏の一撃を、なんとか剣で逸らした。が。
鋏は囮だった。左腕に衝撃と、激痛が奔る。
尻尾の毒針が、篭手に保護されていない肘のあたりに突き刺さっていた。
たいまつを取り落とす。
それでも僕は左腕を尻尾に絡めた。
人の腕ほどもあるその尻尾を、痛む左手で掴み、一息に剣で斬り落とす。
そのまま、傷をつけてあった頭に剣を突き刺した。一際高く、巨大蠍が鳴く。
僕の剣が刺さったまま、カニかなにかにも見える素早い動きで、巨大蠍は坑道の奥へ逃げていった。
それを見送って、僕はひとりごちた。
「くっそ……。ここまでやって……。あんな魔物一匹も……殺せないのか……」
情けなくて、大声で笑い出したい気分ではあった。
身体に力が入らず、その場にへたり込む。
毒が、全身に回り始めていると分かった。無茶をした左腕の感覚はもうない。指一本動かせないし、毒の痺れが全身を支配し始めている。
尻尾を掴んで斬り落とし、そのまま突きを打った――その動きでさえ、今の自分の限界を超えるような動きだったのだ。
それでも、そんな動きができたのだから、爆発で吹っ飛ばされた後の、不定形の魔物に殺されかけたときよりは、力と技は戻ってきている。
とはいえ、以前の自分なら、鋏を逸らし、その後の毒針も回避して、その上で余裕をもって一撃を加えていたはずだ。
情けない。僕の取り柄なんて、剣技だけなのに……それすらも失ってしまった。
身体が震えていた。毒の痺れによる痙攣なのか、笑っているのかも区別がつかない。
もはやしゃがんでもいられず、大の字に倒れ込んだ。
身体が、動かない。
しかし、こんなにも弱い勇者には、こんな幕切れが相応しいような気もした。
と、なにかの気配がした。
ひた、ひたと、足音が迫る。
早速、新手の魔物が来たらしい。生きたまま食われるのは勘弁してほしかったが、それを伝えることもできそうにない。
目を閉じると、声がした。
「おお勇者よ。こんなところで諦めるとは情けない」
魔王の声だ。
「お前が諦めれば、あの小娘の命はどうなる? 大見得切ったくせに、そんな終わり方でいいのか、お前は」
呆れたような響きだった。
もちろん、いいわけがない。
僕の命だけの問題だったら、いくらでも諦めは利くけれど――
そうだ。あの子の命が懸かっている。
絶対に、助けないといけないんだ。
目を見開いて、跳ね起き――たかったが、毒のせいでできない。




