第3話 最終決戦 魔王城 #3
――まずい。
直感に従い、僕は真横に跳んだ。
それと同時に、魔王が腕を一閃する。
玉座の間を、黒い雷が切り裂いた。
僕は振り返って破壊跡を確認した。扉までの床はカーペットごと亀裂が走っている。まともに浴びれば、死にはしなくとも大変なダメージになるだろう。
次に、魔王を確認する。
彼女はまだ笑っていた。泥団子を投げつけようと準備するイタズラっ子のような――そんな顔で続けてくる。
「勇者としての本分を全うしてみせろ、小僧。お前が私よりも強ければ、それでいいのだ。その力で私を痛めつけ、平伏させてみせろ」
喋りながら、もう片腕に残っている黒い雷を放ってきた。
それも床を転がるようにしてなんとか躱す。
カーペットにしがみつくような姿勢のこちらに、魔王は言葉を結んだ。
「私を痛めつけろ。降参を相手に懇願するな。力でもって、降伏させれば良いのだ。力こそがこの世の、もっとも純粋なルールのひとつだからだ。泣き叫ぶ私を踏み付け、さらに痛めつけ、許してください、もう悪いことはしません――そう言わせればいいだけのことだ。違うか?」
違う。そう答えたかったが、答えたところで、耳を貸してくれるとは思えなかった。
――力こそがルール? そんなことは、断じてない。
絶対に違う。それだけは、自分のすべてを賭けて誓える。
だが、それこそ、言葉にしてみたところで、なんの効果もないだろう。
僕は、両足に力を込めた。
立ち上がり、聖剣を鞘から抜く。
「分かりました。あなたを……魔王さんを、死なない程度に痛めつけて、二度と悪いことができないようにします。そうしたら、僕に降参してくれますか?」
「懇願するな、と言っているだろうが。私の意思など考慮するな。ただ、言わせればいい。それだけだ」
「……分かりました。でも、死なないでくださいよ」
「誰にものを――」
言いかけた魔王が、言葉を呑んだ。
僕が剣を上段に構えたからだろう。
距離は十メートル離れているが、十分に届く。
僕は気を剣に乗せて、振り下ろした。
剣から放たれた光波が、一直線に魔王へ向かう。今度は彼女が、横っ飛びをしてそれを躱した。長い黒髪が一束ほど、切断されて宙に舞う。
光波はそのまま直進すると玉座の間の壁を通り抜けた。実際は通り抜けたのではなく、斬ってそのまま進んでいったのだが。
それを見送っていた魔王はこちらに向き直ると、頷いた。
「その年齢で剣気を操るか。しかも、飛ばしてみせるとは。大したものだ――才能は認めよう。勇者としては、その性格が玉に瑕だろうがな」
それは聞き流して、僕はもう一度、言った。
「降参、してくれませんか? 次は当てます」
「当てればいいだろう。誰も止めんぞ」
魔王は、右手を振りかざした。
その手には、黒い炎のようなものがまとわりついている。
これは、危険だ。本能が訴えてくる。
「せっかくの最終決戦だ。思う存分、魔物を殺して身につけた技術を私に振るってみせろ。なに、私も運動不足気味でな。気が済むまで付き合おうぞ」
魔王は剣のように右腕を振りかぶると、一気に間合いを詰めてきた。
速い。
心臓を狙ってきた貫手を、聖剣で受ける。
刃を立てて受けたのだが、魔王の手には、傷ひとつつかない。どころか、剣と斬り結んだかのような硬質な感触があった。
魔王も、感心したかのように言葉を漏らした。
「我が手刀で折れぬか。良い剣だ」
聞き終わる前に、後ろへ跳ぶ。
目の前、鼻先を下から上へ、なにかが鋭く切り裂いていった。蹴りだ。脚も黒い炎で覆われている。下がらねば急所を潰されるか、真っ二つになっていたかもしれない。
そして、振り上がった脚が、今度は落ちてくる。踵落としだ。
僕は身体を捻り、回転させた。体軸を少しずらして、踵を回避する。
回転しながら、一歩踏み込む。ついでに構えた剣に回転の力を乗せて、魔王の胴のあたりを目がけて、横薙ぎに斬りつける。
剣は空を切った。まだ踵落としの脚も地に着いていないはずだったのに、魔王は五メートルほど飛び退っている。
彼女はまだ微笑が顔に残っている。が、その目はやはり、刃物のように鋭い。こちらを本当に切り裂ける――ただの視線に、それだけの力が宿っているのが分かる。




