第26話 質屋の旦那いわく #3
「さっきのあれは……私の娘です。今年で、五歳になります。生まれつき、肺が弱く――医師や、魔法使いの治療師にも診せましたが、根治は難しい、と言われております。もう、あまり先は長くないとも……。それでも、私は全財産をなげうってでも、あの子を少しでも長く、生かしてやりたいと思って……そう思って、治療にすべてを尽くしていました。二、三歳の頃は危ない時期が何度かあり……。ですが、それを乗り越えると、病は落ち着いたように見え、この年までは、比較的、健やかに過ごせていたんです」
僕はしっかりと旦那の目を見据えて、頷いた。
彼は続ける。
「ですが、二週間ほど前でした。急激な、発作を起こして……。死の、一歩手前だったと治療師は言いました。そして、その時に聞いたのです。神聖宝玉ほどの力を持つ魔法具でもなければ、もはや打つ手はない、と……」
「……それで、教会から盗み出そうと思ったんですね」
僕が言うと、彼はこくりと頷いた。
「それしかないのだと、私は思いました。いかがわしい飲み屋などを回り、あの盗賊を見つけました。事情を話すと、彼はすんなりと、請け負ってくれました。……彼にも、悪いことをした。私のせいで、牢屋などに入れられて……」
そこで、彼は耐えきれない、とでも言うように、顔を両手で覆って俯いてしまった。
僕には、かけるべき言葉が見つからなかった。ただ、震える彼の両肩を見つめる。
つまり、こういうことだった――
質屋の旦那には、幼くして難病に罹った娘がいた。
それでも、病と付き合いながらなんとか過ごせてはいた。
しかし、二週間ほど前に、急に病が悪化してしまう。
旦那は焦ったことだろう。
そして、魔法治療師の言った言葉を、悪い方向に消化してしまう。
そこから必死に計画を練り上げて、彼は実行に移した。僕の手の中にある偽物は、この数日で出来上がったものなのかもしれない。
計画に微妙な突っ込みどころがあるのも、急ごしらえだったから。
こんな偽物を後から出したところで、最初からすり替えをした場合と大差ない。いつかバレて当然だ。魔王が即座に看破したように、修道士、神官など、魔法の力を持つものが見たら、きっと一目で見破ることができるはずだ。
質屋の旦那である彼が、それを分かっていなかったとは思わない。それでも、彼はそれを実行に移さねばならなかった――それだけの、大きな事情があったのだ。
どうすべきか、僕は考えていた。
宝玉は、あの女の子の首飾りとして、ここにある。
神聖宝玉には、身につけるとどんな難病だろうと抑えこむ、そういう力があるのだろう。神聖な力とは、つまり、生命エネルギーである。それが封じ込められているのが、あの宝玉だ。だから、あの子は今、それを身につけることで、生きていられる。
しかし、それを取り上げてしまったら……。
事件そのものは解決したと言えるだろう。宝玉は見つかった。
だが、ここからどうすればいいのか、分からなくなってしまった。
考えていると、魔王が言った。
「単刀直入に言おう。質屋の旦那よ。お前の心中は察するが、娘の命は諦めろ」
その言葉に、僕は驚いた。旦那も、驚いて顔を上げる。
魔王は冷酷とも思えるほどに平坦な……まるで、裁判官が判決を読み上げるかのような調子で告げる。
「神聖宝玉は、あるべき場所に戻らねばならぬ。それが分からぬわけではあるまい」
「ですが、あれがないと、娘は――娘の命は……」
縋るように、旦那は言う。
あまりにも悲痛で、とてもその顔を見ていられない。僕は唇を噛んだ。
魔王は、なおも言った。
「いいのか。お前が宝玉を返さねば、もっと多くの人間が死ぬことになるぞ」
「え……?」
「北の地に眠る魔王の力は強大で、それが真に目覚めたのが、お前の娘に異変が起きる、ほんの少し前なのだ。おそらく、あの時に爆発した邪気が、なんらかの影響をお前の娘にも及ぼしたのであろう。宝玉が必要であれば、素直に教会に事情を話し、借りるという選択肢があったにもかかわらず。盗みを働くという悪心をお前が起こしたのも、それと決して無関係ではあるまい。同情に値する」
淡々と、魔王は告げていく。
「我々は、その魔王の邪気から都を守るため、あの宝玉の力を借りて強力な破邪結界を西の都に施さねばならぬ。お前がその宝玉を返却しなければ、今すぐにではないが、半年ほども待てば、あの都は邪気に汚染され、滅ぶであろうな」
「そ、そんな……」
「お前のせいではない。こんな状況になったのは、誰の責任でもない。それは、客観的に見て明らかではある。が、理に従って考えれば、お前の取るべき行動はひとつのはずだ。幼い娘子ひとりの命と、ひとつの都市に住む多くの人間の命であるぞ。秤にかけるまでもなく、理解できよう」
「ですが……」
言葉を詰まらせながら、旦那は言う。
「……妻は、私を置いて先立ちました。都に出掛けたとき、魔王の放ったという、魔物に殺されたのです」
そこで、魔王はぴく、と身体を震わせた。膝に乗せている僕にだけが分かる程度の、ほんのわずかな反応だったが。
「私にとって、唯一残された光なのです……。たったひとつだけの、生きる希望なんです……! あの子が、あの子までが、いなくなってしまったら……私は……妻にも顔向けできません……!」
そこまで言うと、ぺた、ぺた、と足音がした。
旦那も、僕も、はっとして音のほうを見る。
不安に思い、部屋を出てきてしまったのだろう。泣きそうな顔で、女の子はこちらに歩いてきていた。
そのまま、座った旦那の腰に縋りつく。
泣きそうな声で、こちらに女の子は言った。
「パパを……パパを、いじめないで。パパ、わるいひとなんかじゃないもん……。パパは、やさしくて、いつもいっしょにいてくれて……」
その言葉に、旦那はすすり泣きながら、我が子を抱き留めて、震えていた。
魔王は、目を細めて、ふたりを眺めている。
それでも、彼女は言った。
「分かるな、旦那よ。その幼子を諦めねばならぬのは、我々としても、無念である。が、神聖宝玉を返却せねば、今後そなたと同じように妻子を喪う……そういう人間が多く生まれることになるのだぞ」




