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始まりの魔王と終わりの勇者 ~ふびんな天然最強勇者の僕が、猫になった最凶ワンオペ魔王さんと、大陸を救う旅に出た――食べて戦って呪われて恋もする、ハチャメチャな144日間の記録~  作者: 式見 汀花
第一章 西の都 ~海の見える都~

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第23話 盗賊の尋問 #2

「うっ、うううおおおおおぉっぉぉぉ!?」


 ぎりぎりぎりぎぎぎぎぎりりりり、と、信じられないような不快な音が、魔王の爪によって奏でられる。


 耳栓をしていても、手に持った黒板からの振動で不快感ははっきりと伝わってくるので、僕は思いきり顔をしかめていた。


 神官長と首長は、身体を丸めて、両手で耳を塞いでいる。

 しかし、手錠をかけられた盗賊は、耳を塞ぐことはできず。奏でられるノイズに悶絶し、七転八倒していた。


 不意に、魔王が手を止めた。盗賊に告げる。


「さあて、どうかな。今日は私の爪の具合もいい。いい加減に喋ってくれないと、第二楽章に突入してしまいそうなんだがな。いかがか? コソ泥よ」

「だっ、誰が喋るか……」


 息も絶え絶えに、盗賊は言ったようだ。

 僕は声そのものははっきり聞こえないので、唇を読んだ。


「ほほー。そうかそうか。まだ聞き足りないのなら、たっぷりと聴かせようか。我が四本の爪が奏でる、怒濤のカデンツァを味わうがよい」


 つまりは、技巧の凝らされたアドリブを楽しんでね、ということだが――

 魔王はピアノでも弾くように、あるいは擦弦楽器を弾くように、巧みに様々なリズムで爪を動かし始めた。


 それはなにかの曲のようで。見事に人の心の不快感を突くようにできていた。正直、耳栓をしてはいるが、僕は黒板を放り投げたかった。


 ぞわぞわと、全身、頭の先からつま先まで鳥肌が立つような魔王の独奏。

 本人は心底楽しそうに演奏してのけた後、また言った。


「どうだ? 効くだろう。アンコールが欲しければ言うがいい。それとも、雇い主の名を言うか。そのどちらかだ」

「ぐ、ぐうううぅぅぅぅ……」


 盗賊は虫の息だった。弱った芋虫のように、石畳に倒れ伏している。


 可哀相に、と僕は思った。早く言ったほうがいい。この魔王は、頼まずとも喜んでアンコールをするに違いない。


 が、盗賊は、それでも首を振った。


「い、言うわけには、いかねえ……。俺にだって、コソ泥なりの矜恃きょうじってもんがある……。雇い主の名前なんて、出すわけにはいかねえのよ」

「ふむ……。決意は固いな」


 魔王は頷いた。それから、僕に言ってきた。


「おい、勇者よ」

「ああ、ごめんなさい、耳栓取りますから、もう一回」

「勇者よ。こいつはなかなか強情だ。出直そう」

「え? いいんですか?」

「うむ。万策尽きたわ」


 僕と神官長、首長はぽかんとするしかなかった。が、魔王は平然としている。

 魔王は僕の手から黒板を引ったくると、牢屋の中に、それを放り込んだ。


「天晴れであったぞ。その根性は褒めてやる。シャバに出た暁には足を洗い、真面目に黒板売りでもやるが良い。それは餞別せんべつだ」

「いや……こんなもん、二度と見たくねえんだが……」

「であれば、それを今日一日眺め、二度と馬鹿なことをせぬよう、戒めにでもするのだな。どんな事情があろうと、盗みに手を出したその時点で、お前には罪人の烙印が押されたのだから。胸を張って陽の下を歩めるよう深く自省せよ」


 その言葉に彼は、目を逸らしたまま、けっ、と唾を吐くだけだったが。

 僕は、心の中で頷いた――きっと、この盗賊さんは更生してくれるだろう。


 そして僕たちは、牢屋から外に出た。首長邸に戻ると、魔王は早速、話を進めた。


「首長よ。馬を借りたい」

「え? はい、かしこまりました。馬屋から、好きなものをどうぞ」

「よし、小僧。お前、馬は乗れるな?」

「乗れますけど。どこに行くんです?」

「質屋の旦那のいる、隣町だ。馬ならば数時間――昼には着くであろう。神官と首長は、この街で我々の持ってくる報せを待て。もう宝玉探しをする必要もない。すぐに決着するだろうからな」


 それに、神官長と首長は頷くばかりだった。

 もちろん、ぼくも似たようなものだ。

 首長邸をふたりで出て、すぐに僕は魔王さんに訊いた。


「一体、どういうことです? あの人、なんにも言わなかったでしょう?」

「いいや。言ったさ。『雇い主の名前なんて、出すわけにはいかねえ』とな」

「あ――」


 僕は歩きながら、手を打った。


「そうか。誰かが盗賊さんを雇ったということは、確定したわけですね」

「そういうことだ。それを、態度だけでなくその口から聞きたかったのだ」


 つまり、あれは巧みな尋問だったのだ。


 いかにも雇い主の名を吐かせようとしているように振る舞いつつ、本当に欲しい情報は、そのひとつ手前にあった。

 彼は雇い主の名を出さぬように懸命に心を固めていたのだろうが、そのせいで、その一歩手前の情報――そもそも、誰かに雇われていたのか? ということに関してまでは、意識が回らなくなってしまっていたのだ。


 自信に満ちていただけあって、さすがの手管だと僕は思った。伊達に魔王を千年間続けていたわけではない。ひとりで王家や人間たちと渡り合ってきたのだから、これくらいは朝飯前なのだろう。


 実際は朝ご飯の時も、まだアユについてぶちぶち言っていたような人でもあるが。


「あれ、でも。魔王さん。雇い主は、質屋の旦那さんだと思ってるんでしょう?」

「うむ、その通りだ。ようやく、お前も勘づいたか」

「はい、さすがに。でも、それは吐かせなくて、よかったんですか?」

「あの男はコソ泥だが、それなりのプライドを備えていた。プライドに理由があるヤツを崩すには、お前の言ったような非人道的な拷問を施さなくてはならなくなる。いいか、私がやるといったのは拷問ではなくて尋問だからな。お前は今後、そこのところを間違えるなよ。恐ろしいからな」


 それには、特に考えず頷く。

 頷いてから、訊いた。


「それは分かってますけど。訊かなくて、よかったんですか?」

「十中八九、質屋の旦那だと分かっているのだから、名前までは必要ないさ。拷問するより、ここまで来れば直接叩くほうが早い。そのために誰かに雇われた、という言質だけが欲しかったのだ。それさえあれば、詰めるのには苦労せんよ」

「そういうもんですか」

「そういうものだ。さあ、小僧。全速力で隣町へ向かうぞ」

「はい、分かりました!」


 僕と魔王は、足並みを揃えて馬屋へと飛び込んだ。


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