第20話 宝玉探し #2
なんの見当もつかないので、僕は黙って、魔王の顔を見返した。
何秒か見つめ合った後、魔王は大きく嘆息した。
「本当に……どこまでお人好しだ、お前は」
「いや、本当に分からないんですよ」
「まぁ、それゆえの勇者か。お前よく、二年もひとりで旅ができたな」
「僕も不思議ですけど。みんなよくしてくれたので」
「確かに、お前のその様子を見ると、世話を焼いてやりたくはなるかもしれんな……。まあ、それはそれだ。いいか、お前はもっと他人を疑え。心を鬼にして考えろ。そもそも、本当に宝玉をあの店主は落としたのか?」
「違うって言うんですか?」
首を捻る僕に、魔王はふんと鼻を鳴らす。
「宝玉は手のひら大の大きさだ。それを、この質屋の旦那の言ったルートから探し出すのは至難の業だが、全くの不可能というわけでもあるまい。しかも、あの街の神官が総出で探しているのだ。二週間ほど前から、ぶっ続けでだ。そうまでして見つからないものだと思うのか?」
「うーん……。見つかっていても、おかしくはないのかもしれませんね。でも、見つからないかもしれないってところは変わらないじゃないですか。ひょっとして、動物とか魔物かなにかが持ち去ってしまったのかもしれないですし」
「私もそれは考えたが、おそらく違う。宝玉は、光り輝く玉だとか、そういうことではない。傍目には、神聖宝玉という名前とは似ても似つかぬ、くすんだ水晶玉ではないか。それを動物が持ち去るとは思えんし、魔物がそもそも、神聖なる魔法具を持ち去れるはずはないのだ」
「ああ……。そっか。なるほど」
僕は素直に頷いた。魔王の整然とした推察には、舌を巻くしかない。
魔王は橋のほうを見つつ、付け足した。
「そもそも、どこそこを通っただの、宝玉が取引されただの……それらの情報は、質屋の旦那からの情報にしか依拠しておらぬ。実際に取引があったところも、旦那がルートを通っているところも、見たものはいないのだ。私からすれば、疑わずしてなんとする、というところだな。もっと言えば、この事件は盗賊と、質屋の旦那の間で起きたことの情報しかないわけだが……」
「……まさか、盗賊の人も、もっとなにか知っていることがあるとか?」
僕は魔王のように理屈で分かったわけではなく、ほとんど勘で言っただけなのだが。
魔王はこちらに顔を向けて、満足そうに頷いた。
「そういうことだ。となれば、勇者よ。我々が次にすべきことは、川遊びではないな?」
僕はあまり自信はなかったが、頷き返した。
「ええと……。事情聴取、ってやつですね。盗賊さんか、質屋の旦那さんに」
「ふふん、生温い。尋問だ。尋問するぞ。愚かな罪人の臓腑を抉り出して、真実を詳らかにしてやるのだ」
なぜか楽しそうに言う魔王だった。血が騒ぐのだろうか。
「あ、そうだ、小僧。それはちゃんと持ち主に返しておけよ」
魔王が前肢で思い出したように指したのは、すっかり役目がなくなってしまったように見える、借りてきた漁具たちだった。
本当はたも網くらいでよかったのだが、あれもこれもと貸してくれて、それをこちらも無下に断るわけにいかず、全部持ってきてしまったのだが。
「ええ、それはちゃんと返しますけど」
「でも、あの漁師の親父、えらく気持ちを込めてお前に貸してくれていたな。使った形跡もなく返却するのでは、がっかりするのではないか?」
魔王が、そんなことを言ってくる。
それもそうかもしれない。僕は頷いた。
だからといって、どうすればいいのか。考えていると、魔王が言った。
「そのデカい網はなんだ。なにに使うんだ?」
「ああ、これは……ばーって投げる感じのやつじゃないですか?」
「魚が捕れるのか?」
「そういう道具ですから、捕れるんでしょうね」
「川魚も、食えるんだよな。ヤマメだとか、そういうヤツだ」
「ヤマメなんかは、もっと上流ですよ。このあたりならコイとかじゃないですかね。ああ、でも、アユなんか捕れたりして」
「ふうん。アユか。塩焼きが大層、美味だそうだな」
「ええ。すっごくおいしいですよ。子供の頃、父さんと一緒に川釣りに行って、その場で釣ったものをこう……木の串に刺して。その場で焚き火で焼いて食べたんですけど、あれはすっごくおいしかったなぁ」
「ほう、ほう……」
涎を垂らしそうな顔で、魔王は前のめりに頷いている。
そして即座に、決断をしてきた。
「よし。昼まで時間をやる。小僧、アユを捕れ」
「えっ。魔王さん、さっき川遊びをしている暇はないって……」
「馬鹿を言え。命あるものを捕え、それを食そうというのだぞ。遊びであってたまるか」
「屁理屈を……」
「聞こえんなぁ。いいか、小僧。せっかく借りた漁具、使わずに返すのは無礼であろう。そして、我々が尋問したい盗賊は牢屋の中。どこにも逃げたりはせぬ。つまり、時間的猶予はたっぷりある」
「それは、この宝玉紛失事件はそうですけど。全体を考えると、僕たちは北の邪悪なるものをやっつけるために、常に切羽詰まっていないといけないんじゃ……」
「それに関しても、時間的猶予は十分ある。王都で私が言ったことを聞いていなかったのか? 少なくとも完全なる覚醒までは、半年ほどはかかる。その猶予を活かして我々は破邪結界を張り、小僧、お前を以前以上に強く鍛える必要がある。ついでに、爆発によって大陸中に伝播した邪気が引き起こすトラブルを解決するのだ」
それについては、当然覚えているし、旅の目的も理由も分かっているが。
それでも僕は、首を捻った。
「うーん、でも……。ほら、質屋の旦那さんは? もし本当になにか悪いことをしていたなら、どこかに逃げちゃうかもしれないじゃないですか」
「それもない。おそらくだがな」
「え?」
「そうできない理由があると私は踏んでいる。盗賊を尋問して吐かせれば、ある程度はお前でも分かるであろうよ。というわけで、小僧、網を持て。私は焚き火に手頃な枝でも探してきてやろう」
足取り軽く、もう魔王は動き始めていた。
それを見送って、僕は嘆息する。まったく、勝手な人だ。
だが、彼女がいいと言うなら、きっと、大丈夫なのだろう。僕なんかよりも高いところから物事を見下ろして、理解しているのは本当のはずだ。
僕は自分で、頭があまり良くないとは分かっている。なので、いつも自分の心で思って、正しいと感じたことのために行動してきた。
しかし魔王は聡明で、理詰めで物事を判断しているようだ。
なんだか、こういうところも反対で、面白いなと思いつつ、僕は考えを戻した。
魔王の言っていることがまるきりの屁理屈でもないと分かっている。アユは僕も食べたいし、せっかく借りた漁具を使ってみたい気持ちもあった。
そうして、僕たちは昼過ぎまで漁に勤しんだ。
なにも捕れなかった。
午後二時頃、通りがかった漁師のおじさんにコツを聞こうとすると、四月にアユは捕れねえよ、と衝撃の事実を告げられて――
僕は疲労困憊の身体と漁具を引きずり、魔王はひたすらに憮然とした顔をして(本当に、心からがっくりきているようだった)、西の都に戻ったのだった。
道中、まったく無駄な川遊びだったな。なんですぐに都に戻ると言わなかったんだ、と、寂しく魔王が呟いていたが、僕はなにも言い返せなかった。




