第2話 最終決戦 魔王城 #2
それに圧されないよう、僕は声を張って答えた。
「あの、あなたが魔王さん……ですか? 千年間、この大陸に君臨して、人々を苦しめ続けているっていう……」
なんだか間の抜けたことを問いただしているようで、声は気持ちとは裏腹に萎んでいってしまう。魔王も、黒猫を撫でる手を止めて、赤い唇に苦笑を浮かべていた。
「『いいえ、違います。人違いです』……と答えたら、どうなるのだ?」
「それは、ええと……」
僕は口ごもった。そう返されるとは思っていなかったからだ。
ちょっと考えて、言う。
「心当たりがあるなら、そっちへ行きますよ。他の魔王の所へ」
「『他の魔王』ときたか。なかなか、言い得て妙だ」
堪えきれず、という具合にくすっと息を漏らして笑ってから、魔王はグラスを放った。
「いかにも、私が魔王だ。この北の大地より、人の王国を支配せんと目論む魔王である」
魔王の苦笑は、微笑に変わっていた。
さて、どう出る? ――そう目で問うてきている。
僕はひとつ深呼吸をしてから答えた。
「あの。魔王さん。降参してくれませんか」
「……なんだと?」
魔王は、綺麗な顔を怪訝そうに歪めた。その顔に続ける。
「ですから、無駄な戦いは止めて、降参してくれないかって言ってるんです、けど……」
できる限りこちらが本気であることが伝わるように、僕は両手を広げて、身振りも交えて訴えた。
「だって、意味がないですよ。確かに、僕は勇者として認められて、たくさん戦って、強くなって……魔王さんを倒すためにここに来ました。でも、戦わずに済むのなら、それに越したことって、ないじゃないですか」
「気味の悪いことを言う勇者だな……。私が降参したとして、どうなる? 人の王国に囚われ、人の法で裁かれるのか? であれば、ぜひとも公平性を保つために、陪審員の座席には魔物たちを座らせてやってほしいものだな」
魔王は腿の上から黒猫を下ろすと、立ち上がった。
猫はさっと玉座の後ろへと隠れてしまう。
玉座の前には、なだらかな段差がある。僕と魔王はその上と下に立っているが。魔王は、相当に背が高いなと思った。
僕よりも、頭半分くらい高い。百七十五センチか、百八十センチくらいか。
体格は標準的だ。いや、女性的な特徴は、とても強調されている体つきだった。
魔王は微笑をそのままに、こちらを見下ろして、言った。
「甘い小僧だ。その若さで、ひとりでここまで辿り着いたのだ、相応の力は持っているのだろう。私を殺すための力をな」
「……でも、僕は。できれば、魔物も、魔王さんも殺したくはないんです」
「なぜだ? 悪いヤツがいる。それを殺して平和を人間たちの手に取り戻す。シンプルな理屈であろう。私を殺さねば、私はますます魔王として勢いを増していくぞ。世に放たれた魔物たちも、人間を際限なく困らせるであろう」
「でも、だからって……」
言い淀んだ。胸の中で、形にならない思いが渦を巻いている。
迷ってから、僕は素直に、それを口にした。
「悪いヤツがいるからって、僕がそれを倒して――それで丸く収まって終わりって……そんなの、なんだかおかしいんじゃないかって気がするんです。悪いヤツを殺す――それが……そんなのが、勇者なんでしょうか?」
「甘いな」
鼻で笑われる。
もちろん、自分でも甘いことを言っていると分かっている。この魔王は、そして魔物たちは多くの人の命を奪い、今も生活を脅かしているのだ。
だが、だからといって、魔物や魔王を一方的に殺して終わりだなんて変だ――そういう違和感が、勇者としての旅の途中、常に胸の中にあった。
基本的に対話のできない魔物については、仕方がないのかもしれない。だが、魔王という存在は、なんのためにこの大陸を支配しようとしているのだろう?
魔の王、というからには、きっと頭も良くて、対話だってできる存在なのではないか?
邪悪な理屈そのものを振りかざして、人間を根絶やしにしようと目論んでいると分かったなら、その時は覚悟を決めて戦う。
しかし、戦う前に話ができそうなら、話をしてみたかった。
そして想像の通り、魔王は理性的で、こちらの話に付き合うだけの度量を備えていた。
話し合いは成功するかもしれない。そう思っていたが――
「温い。温すぎるぞ、小僧めが」
その言葉と同時に、魔王が腕を振るった。
「ぐっ――!」
声は出なかった。一抱えはある岩をぶつけられたような――そんな衝撃が、いきなり叩きつけられたのだ。
完全に油断していたので、十メートルほど後ろに吹き飛ばされた。なんとかカーペットに手をついて起き上がると、魔王は玉座の前から降りて、こちらに近づいてきている。
「だが、降参してもいいぞ」
「ほ、本当ですか?」
ちっともそんな素振りは見せないまま、魔王は頷く。
「もちろんだ。だが、私は魔王だ。人間に――ましてや勇者に下げる頭など持ってはおらぬ。だからだ」
魔王は両腕を広げた。とんでもない規模の力を感じる。
彼女の周囲の空気が、帯電したかのようにぱちぱちと弾きをあげる。漆黒の雷が、蛇のようにその腕にまとわりついていた。




