第19話 宝玉探し #1
「そもそも、なんだかおかしいとは思わぬのか?」
今日の僕たちは、西の都の北を流れる川にやってきていた。
大きな川で、宝玉を引き取ってしまった質屋のある隣町は、この川を越えてさらに北にある。川を越えた途中に、昨日浚った毒の沼地もあるのだが。
僕は、たも網(西の都には、こういう漁具がいっぱいあるので貸してもらった)を川べりから伸ばしつつ、魔王のほうを振り返った。
「なにか言いました?」
「だから。小僧はなにか変だとは思わぬのか?」
「だから、なにが変なんです?」
「まったく。鈍いやつだな。私は最初からおかしいとは思っておったが、この期に及んでも疑問すら抱かぬのか、お前は」
やれやれ、と嘆息しながら、魔王は続けた。
「いいか。お前は昨日、なにをした?」
「ええと。質屋の旦那さんが落としたっていう宝玉を探しました」
「どこでだ」
「昨日は、このさらに北にある毒の沼地を、瀕死になりながら必死で浚いました」
ちょっと恨みを込めて言った。が、魔王は少しも意に介していない様子で頷いている。
「うむ。で、今はなにをしておる」
「ええと。今日は、川を探すことにして。漁師さんからたも網とかを借りて、こうして探してみてます」
「うむ。で、見つかりそうか?」
「いいえ。こうして川べりから眺めてみても、ちっともそれらしきものは見当たらないですよね。やっぱり入らないとダメかなぁ」
僕は右手を日避けの形にして、額に当てた。
川は昨日の毒の沼地とは違い、まさに清流といった趣だった。透き通った流れの中に、魚が遊び、時折水鳥が羽を休めに降りてくる。
まだ水は冷たいだろうが、毒の沼地のように一歩ごとに痙攣する羽目にはならないだろう。ただ、この川は大きい。向こう岸まで、五十メートルほどはある。流れも静かに見えるが、こういう川が危ないと子供の頃に父から教わっていた。
「なあ、小僧。なんでお前はこの川を調べておるんだ」
「え? 魔王さんも同意したじゃないですか」
「まぁ、するにはしたが。お前の意見を尊重してやろうと思ってな。だが、今一度よく考えてみよ」
魔王に促されて、僕は顎に手を当てた。
なぜ、ここを調べているのか?
「それは……宝玉が落ちているかもしれないからじゃないですか」
「本当にそう思うか?」
魔王は、前肢でちょいちょい、と東の方角を示した。そちらを見ると、橋が架かっている。立派な、木製の橋だ。
「あれが見えるな?」
「橋ですね」
「うむ。橋があるのに、なんでお前はここを探している?」
「それは、質屋の旦那さんがここを通ったって言うから」
「うむ、そうだな。だから、それがおかしいと思わんのか」
今度は、ちょいちょいと手招きをしてくる。可愛い招き猫だな、と思いながら、僕は魔王のところに歩み寄った。
しゃがむとまずパンチされ、それから地図を出すように促された。それを僕は、川原に広げる。
地図には、赤いインクで質屋の旦那が通ったルートが記されている。それは昨日調べた毒の沼地に、僕たちが今いる川を通っていた。
北の隣町から、西の都まで、ほぼ一直線のルートだ。最短距離を通っている。
「どうだ、おかしいだろう?」
「なにがです?」
「お前な……。まず、なんでわざわざ毒の沼地を通り、川を橋も使わずに突っ切るんだ。そんな馬鹿、どこにいる? 火のついた猪か、質屋の旦那というのは」
「それこそ、火のついた猪くらいに慌ててたんじゃないですか? 神聖宝玉かもしれないから、急いで返さないとって」
「ルートを見ると、そう見えるが。現実に急ぐ場合は、全然違うであろうが。急いでいるのに毒の沼地を突っ切るか? お前は。直線の最短距離だからと、こんな川を馬鹿正直に渡るか? あそこに橋があるのだから、そっちを通ったほうが確実に早いであろうが」
「それは……そうかも。でも、慌てすぎていて、橋が目に入らなかったのかもしれないじゃないですか。慌てていたからこそ、宝玉も落としちゃったのかもしれないですし」
「お前なぁ……。どこまでお人好しだ」
ばしばし、と苛立たしげに魔王は地図を叩いた。
「ただの質屋の旦那が、どれだけ急いでいようとだ。あの毒の沼地を渡りきり、この川も渡り、走って、西の都まで参上したとでも言う気か? どんな体力だ。あり得ぬだろう。そんな体力があるなら、なぜ質屋の旦那なぞやっている。勇者にでもなれ」
「無茶言いますね」
「こいつのやっていることのほうがよっぽどの無茶だ」
「うーん……」
僕は唸った。
「じゃあ、つまり。魔王さんは、質屋の旦那さんはウソをついている、って言いたいんですか?」
「まあ、そうなるな」
「なんのために?」
「理由なぞ、ひとつしかあるまいよ」
そう言って、魔王は僕の顔を見返してきた。




