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始まりの魔王と終わりの勇者 ~ふびんな天然最強勇者の僕が、猫になった最凶ワンオペ魔王さんと、大陸を救う旅に出た――食べて戦って呪われて恋もする、ハチャメチャな144日間の記録~  作者: 式見 汀花
第一章 西の都 ~海の見える都~

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第18話 毒の沼地

 首長の語った問題とは、こういうものだった。


 二週間ほど前。教会の神官が、血相を変えて首長邸に飛び込んできた。


 どうしたのかと事情を伺うと、なんでも、教会に祀られていた『神聖宝玉』がなくなってしまったらしい。

 原因は、一応はっきりしていた。


 教会に、盗賊が侵入して持ち去ったのだ。


 その盗賊は、現在逮捕されているらしい。牢屋にぶち込まれているという。

 盗賊を尋問して宝玉の在り処について問いただすと、隣町の質屋に持っていって換金してしまったらしいことが分かった。


 そして盗賊がそのように吐いた頃、その隣町の質屋の旦那が、息を切らせて首長と神官のもとを訪ねてきた。

 宝玉を買い取ってしまったものの、どうもこれはおかしいと思ったそうだ。もしかして『神聖宝玉』なのではないか、と。


 ひとまず確認のためと、万が一のことがあれば返却しようと、質屋の旦那は宝玉を持って訪ねてきたのだ。


 この宝玉というのは、生命エネルギー――聖なる力を神官長によって封入されたありがたい宝玉で、街に邪悪を祓うための結界を施すときに必要になる。もちろん破邪結界を張るためにも必要で、結界を維持するのにも、必要になる。


 まだその時は、すぐに宝玉が必要になるとは知らなかったが、いつまでもなくなっていていいものではない。

 しかし、神聖宝玉は善意で戻ってきた。一件落着、と首長は胸を撫で下ろしかけた。


 が、質屋の旦那はこう言った。


『あれ? 持ってきたはずだったんですが、どっかに落としちまったみたいです……』


 その場に居合わせた全員が、ずっこけたという。


 その日から、神官たちが総出で、質屋の旦那の通過した道筋を辿り探し回る、ということになった――


 そして、首長と面会をして、そんないきさつを教えてもらった翌日の朝一番から。

 僕と魔王は、西の都の北東部にある毒の沼地をさらっていた。


「しっかり腰を入れろよー、小僧」


 遠くの陸地から、無責任な魔王の声がする。

 魔王は毒の沼地に入ってもなんの影響もないはずだが、身体が濡れたり泥まみれになるのは嫌だと言って、応援役を買って出てくれた。


 僕も特に、不満はない。どういうわけか、首長から説明を聞いている最中から、はっきりと、これ以上ないほど具体的に、今の状況が頭に浮かんでいたからだ。


「こら、勇者よ。もっと歩き回れ。広範囲をしっかりと調べろ」

「で、でもですね。毒の沼地っていうのは、歩くと――いてっ! 一歩毎にですね、あてっ! 身体にダメージがっ、いててっ!」


 広範囲を調べたいのはやまやまだが、ご覧の有様だ。無造作にうろうろ歩き回っては死にかねない。


 僕の様子を見て、魔王は面白そうにケタケタ笑っていた。


 沼は、そこそこ広い。一辺が三十メートルほどの、ほぼ四角形をしている。

 色はいかにも身体に悪そうな緑色で、そこら中から名状しがたい臭気が立ちのぼっているし、ポコポコと沸騰したようなあぶくが上がっている。


 その中にざるを突っ込み、持ち上げる。朝から二時間ほど、そんなことを続けていた。


 神聖宝玉は、手のひら大の大きさだ。

 はたして、こんなやり方で見つかるのかどうか……それ自体が疑問ではあったが。

 指をくわえて待っているよりはマシだろうと魔王に言われ、僕もその通りだと思ったので、こんなことになっている。


「おーい、小僧。そんなペースではこの沼地だけで一ヶ月かかるぞ」


 まあ、その間魚介と酒が食べ呑み放題だから、私は一向に構わんが、などと手前勝手な野次を魔王は飛ばしてくる。


 僕は嘆息した。確かに、このままではらちが明かない。

 ぬるぬるにぬかるみ、膝まで飲み込んでくる沼地を、全身の力を使って一歩動く。

 その一歩だけで、背骨を貫く電流のような痛みがある。それに耐えながら、僕は、ざるを毒の沼地に突っ込んだ。


 瞬間、僕は飛び上がった。


「いったぁい!」

「どうした?」

「ざ、ザリガニが! 手を挟みました!」


 僕は右手を魔王に示した。魔王は、ほう、と唸る。


「こんな禍々しい沼地にいるザリガニなど、普通のザリガニではないだろう。魔物かなにかではないのか」


 言われて見てみると、確かに、普通の川にいるザリガニとは違う。色は薄紫色。大きさは十数センチほどなのだが、ハサミが倍の四つあり、足が百足むかでのようにびっしり生えていて、殻には悪そうなとげが生えていた。


 殻をつまんで持っている僕の手の中で、それはキチキチと音を立てて無数の足をうごめかせている。僕はたまらなくなり、思い切り遠くにそれを投げ捨てた。


「な、なんなんだ、気持ち悪いなぁ……」

「小僧、怪我とかするなよ。そんな沼地から感染症なんかもらったらたぶん死ぬぞ。十分に気をつけろよ」

「ええ、気をつけますよ。十分気をつけてますよ」

「お、ちょっと怒ったか」


 怒りというよりは、膝を抱えて途方に暮れたいような、そんな気分ではあったが。

 半ばやけくそで、僕は沼地を進み、ざるをひたすら突っ込んだ。

 昼までに、僕は毒の沼地の半分を根性で調べあげた。が、なにも出てこなかった。


「無駄な午前であったなあ……」


 しみじみ言う魔王の傍まで這い上がってから、僕は体力を毒の沼地ですべて使い果たして、力尽きたのだった。


 目を覚ましたのは、日が暮れかけての頃だ。


 借りている宿の一室だった。目を覚ましてすぐ、身体を起こす。

 枕元の椅子には、魔王がいた。一応、看病していてくれたのだろうか。

 黒猫はすぐに僕に気がついて、声をかけてきた。


「回復したか。勇者というのは頑丈だな。宿に泊まれば体力が全快するというのは、よっぽどおかしい生き物だぞ」

「勇者の身体は、強い聖なる力が宿っていて、それが自己治癒を寝ている間に著しく促進するからってことらしいですけど」

「うむ。聖なる力……生命エネルギーのことであり、魔法使いであれば魔法の、お前であれば剣気の源となる力だな。寝たら回復したから、それがちゃんとある、ということだ。やはり、力はいつか戻ると見ていいだろう」


 まさか、それを確認するために、あんな根拠のない命懸けの重労働をやらされたんだろうか。本当に死ぬかと思ったのだが。

 収穫あり、という顔をしている魔王を見ると、端から宝玉があそこにあるとは思っておらず、僕の身体で実験をしたかっただけなのかもしれない。

 たぶんそうだ。絶対そうだ。


「どうした。狂気の学者を見るような目つきで私を見て」

「……いえ。でもまだ、残り半分あるなぁ、と思って」

「ああ、それなら心配は要らぬ。宝玉はあそこにはなかった」

「え?」

「お前が気絶した後、私の魔法で、あの沼を干上ひあがらせてから調べたのだ。目当ての宝玉は、どこにもなかったぞ」

「そ、そうですか……」

「徒労だったなぁ」


 なら、最初からやってくれればいいのに、と思ったが。人体実験が目的だったのだから、それはないだろう。

 せめて次からは、なにか打つ手が他にないのか入念に魔王を詰問してから取りかかろう。そう心に決める。

 嘆息していると、魔王が微妙な顔つきなのに気づいた。


「どうしたんです?」

「いや、な……。干上らせたし、宝玉はなかったんだが。聞きたいか?」

「なにがです?」

「お前の手を挟んだザリガニ、いただろう。アレが、もう……びっしりと、ぎっしりと乾上がらせた沼地で蠢いておってな。ひどかったぞ」


 想像して、僕は身震いした。そんなにたくさんいたのか。


「お前、よくアレを踏まなかったな。ざるでも掬わなかったろう。悪運の強いヤツだ」

「ですかねぇ」

「ふん。まぁ、ともかく。明日からはまた、別のところを探すとしよう。今日はもうお終いだ。日も暮れるし、晩メシにしよう。近くのレストランで、エビでも食うか」

「……よく今エビ食べる気になりますね」

「……言われてみればそうか」

「昨日、もらったサザエとか焼いてくれたお店はどうです? おっきい、マグロのステーキ食べてるお客さんを見て、アレが食いたいって言ってたじゃないですか」

「お、そうだったな。では、そこへ行こう。ふふん、マグロのステーキか」


 舌なめずりをするその姿は、ただの腹を空かせた黒猫なのだが。


 今日一日で、彼女の魔王たる片鱗を覗かされたような気がする。


 でも、期待されている魔王と勇者の関係よりも、遙かに建設的だ。毒の沼地で失神したこと以外は、大陸の危機とは無縁な、のんびりした一日だった。


 だが、油断してばかりもいられない。

 魔王のように食い道楽していたら、大陸を救う旅なのに太ってしまいそうだ。


 僕は気を引き締めつつ、それでも頭のどこかで、じゃあ自分はなにを食べようかと考え始めていた。


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