第15話 西の都 #1
茶番ではない、本当に大陸を救うための旅が始まった。
しかも宿命の敵同士である勇者と魔王が手を組み、共に戦うという、前代未聞の組み合わせの旅だ。
僕と魔王は、のんびりと馬車に揺られていたが、一週間はかからずに大陸西の都市に到着していた。予定通り、今は四月の頭だ。
西の都は、壮大な港湾都市である。
中央の王都と違うのは、風に潮の匂いが混じっていることと、海鳥の鳴き声が聞こえるということ。
あとは、どことなく、男女ともに逞しい感じの人が多い、ということだろうか。
別の大陸からやってくる貿易品の集積地でもあるこの街には、荷揚げ、荷下ろしなどに従事する働き手が多く必要で、さらにそういう人足だけでなく、年中海に出ている漁師も多くいるからだろう。
衛兵に王様からもらった通行証を見せて手続きを済ませ、僕と魔王は都へと入った。
街路を歩きながら、魔王はきょろきょろと辺りを見回していた。
「ふーん、ここが西の都か。大きな都、大きな港だな」
「魔王さんは、見たことないんですか?」
「まあな。大陸の都やらについては、地政学としては理解しているが。地理そのものをこの目で見届けたわけではないからな」
そういえば、魔王は千年ずっと、城でのワンオペ業務に追われていたんだった。
肉体が爆発から受けた損傷から回復するまでは、使い魔から借りた黒猫の姿でいないといけない、という魔王は、道端に干してある魚を見て足を止めた。
干物屋さんがすぐ目の前にあり、そこのものらしい。
「ふーむ、名産品はやっぱり海産物か?」
「ええ、魚介類がおいしいですよ。魚の干物も絶品だそうです。父さんは、炙ったそれでお酒を呑むのが最高だって言ってたかな」
「ほう、ほう……」
実に興味深い、という目で魔王はじっと干物を見ている。
と、干物屋さんから店主のおばさんが出てきた。
「おやあ! 勇者さまじゃないかい。ずいぶんと久しぶりだねぇ。魔王の討伐には、もう行ったのかい?」
僕は頭を下げて、挨拶をした。
「あ、お久しぶりです。はい、討伐には、もう行ったんですが、失敗してしまって。もう一度鍛え直して、また戦うつもりなんです。なので、もう一度、準備のために各地を回ることにしていて」
「そうかい、そうかい。でも、元気そうで安心したよ」
世間一般には、このストーリーを通すことに決まっている。
封印どうのこうの、というのは、伏せたままにしておく。あくまでも、僕が一度目の討伐に失敗したため、二度目に挑む、という体裁だ。
これから挨拶に行くこの西の都の首長にも、同じように伏せられる。
この先どうなっていくのかは分からないが、旅の真実を知るのは今のところ、僕と魔王、そして王様を含む王城の人間たちだけである。
「大変だよねえ、勇者ってのはねぇ。んでも、生きていてよかったじゃないか。前にこの街に来てくれたときには、灯台の魔物を倒してくれたろう?」
「ええ、まあ」
世間話を始めるおばさんに、僕が適当に相槌を打っていると、足元で魔王が言った。
「女将、この干物はいくらだ?」
「あれまあ! この猫ちゃん、喋るのかい!?」
当然、驚いている。僕は頭を掻きながらフォローの言葉を探した。
「ええ、その……。不思議な猫なんです。魔法の力があって、僕たち人間の言葉も喋れて……すっごく強いんです。旅の途中で出会って、仲間になってくれたんです」
「へえ、初めて見るけど、そういう猫もいるんだねぇ」
「ええ。魔王には負けちゃいましたけど、今度こそ、この心強い味方と一緒に、倒そうと思っています」
「そうかい、そうかい。こんなに可愛いけど、そんなにすごい仲間なんだねぇ。毛並みもつやつやで綺麗だし、いいところの猫なんだろう。気に入ったよ、店の好きなもの持って行きな!」
おばさんはどんと胸を叩くと、袋にいろいろと干物を詰め始めた。
「い、いいんですか?」
「いいのいいの、平和のためにがんばってくださってる勇者さまだからね、私らにできることなんて、これくらいしかないけど、持ってってくれよ」
「味には自信あるんだろうな?」
魔王の不遜な質問にも、おばさんはがっはっは、と笑った。
「当たり前だろ? いつも猫が、そこで干してるヤツを狙ってくるくらいだよ!」
だからといってそれを邪険にするわけでもない、そういう気っ風のいいおばさんだ。
この大陸では猫というのは不思議な動物として愛されていて、日常的に人間との距離は近く、関係も良好である。
そもそも野良猫はそうそういない。大抵が、放し飼いにされた家猫だ。
僕たちは干物を本当にタダでもらって、店を後にした。




