第111話 破壊龍 #1
甘味処で食事を済ませたあとは、街を散歩したり、挨拶をして回ることにした。
聖女たちはすでに破壊龍を連れて、首長や兵士長と面会を済ませていたが。僕はまだ顔を出していない。改めて、まずは首長邸へと向かった。
首長は僕を見るなり駆け寄ってくると、両手でがっちりと固く握手をしてきた。
今回の騒動を収めたことに対するお礼として、この数日間の祭りは代金は気にせず、思う存分に楽しんでほしい、との事だった。もちろん、みんなも一緒に。
新しい神聖宝玉の取り寄せや、破邪結界の構築については、また祭りの後、話し合いをして決めよう、ということになった。今はひとまず、すべてを忘れて楽しんでほしいと。
その好意に、遠慮なく甘えさせてもらうことにした。
あとは最終日に、都を救った勇者一行を披露するためのパレードが計画されているということで、みんなで参加してほしい、ということだった。
僕は、破壊龍も加えてくれることを条件に、それを了承した。
首長は、少しもためらうことなく、首を縦に振ってくれた。ぜひ、参加してほしいと。
それから、兵舎へと向かう。
兵士たちは、拍手で僕を迎えてくれた。兵士長も。
日頃休みなく稽古に励んでいる兵士たちだが、今日ばかりは休みであるらしい。もちろん稽古が休みなだけで、都を守る兵士としての仕事は休みではない。そんな中で、こうして集まって、僕たちを迎えてくれていた。
兵士たちにお礼や、戦いの中でどんなことがあったのか、なにをしたのか、という質疑応答をしたりしているうちに、あっという間に夕刻になった。
それは特に魔王にとって、待ちに待った時間だった。
兵舎を出て、街に繰り出すと、夕暮れ時の街は、活気に溢れていた。
昼間に準備をしていた屋台、出店はもう準備が終わっていて、人だかりができ始めている。それを見た魔王は目の色を変えると、僕たちに指示を飛ばした。
じゃがバター、たこ焼き、イカ焼き、焼きそばなど、屋台グルメを手分けして買ったあとは、広場のベンチに陣取り、みんなで食べた。
立ち呑みの屋台などもあり、そこで都の人たちと談笑していると、気がつけば時刻は、深夜になっていた。
聖女、魔王はその場で酔い潰れたりはしなかったが、宿の部屋に着くなり、ベッドに倒れ込みいびきをかき始める。
兵士長の娘と守護龍はちゃんとお風呂に入り、それからベッドに潜りこんだ。
破壊龍も、一緒だった。屋台を回っているときも聖女と一緒で、終始、一言も発することはなかったが、穏やかに祭りを楽しみ、守護龍たちとベッドに入った。
僕は、いつも通り、椅子で膝を抱えて寝る。
と、目を閉じて、何分経っただろうか。
気配を感じて、僕は顔を上げた。
見ると、破壊龍が部屋のドアに手をかけて、出て行こうとしている。
「どこに行くの?」
僕が訊ねると、破壊龍は小さな声で、トイレ、と答えた。
反射的に、違うなと思った。
僕は椅子を降りて、破壊龍に近づく。
なんとも言えない、微妙な表情で、少女は僕を見上げてくる。
僕は、手を差し出した。
「眠れないなら、ちょっと歩こうか。まだ、外は賑やかだしね」
時刻は深夜の二時を回ったところだ。が、今、都は眠らない街と化している。新年のお祭りのように、今も宿の外から、騒ぐ人の声が聞こえている。
破壊龍は、小さく頷いた。僕の手を、握ってくる。
部屋を施錠して、街へ出た。
「今日は、あんまり喋らなかったね。まだ、慣れない?」
「……うん。元々、あんまり……喋るのは、得意じゃないから」
「そっか」
僕は頷いて、それ以上はなにも訊かなかった。
次の言葉は、中央広場まで出てきてからだった。
「なにか、食べたいものとかない? さっきは酔っ払いが好き放題してたからね。なにか食べたいものあっても、言えなかったでしょ」
それは冗談だったが。破壊龍は特に笑いもせず、屋台を指さした。
りんご飴の屋台だ。僕は頷いて、そこへ向かった。
そしてひとつ、大きなヤツをもらう。
それから、ベンチに座った。黙々と、破壊龍はりんご飴を舐め始める。
何十分か、そのまま、そうしていた。
お祭りで賑やかな中で、僕と破壊龍のいるベンチだけ、静かで――
なんだか、世界から切り離されたような、そんな気さえした。
半分ほどりんご飴を食べて、破壊龍は言ってきた。
「……ねえ、勇者」
「ん、なに?」
「……喋らないの? なにか……訊いてきたり、しないの?」
「ん……。そんなに、根掘り葉掘り訊いたり、したくないから。ああ、でも、ひとつ、質問があるかも」
「なに?」
「さっきは、ひとりでどこに行こうとしたの?」
訊くと、破壊龍はりんご飴を食べるのを止めて、僕を見てきた。
しかしすぐに、逸らしてしまう。小さな声で呟くのが聞こえた。
「……別に」
「どこか、行こうとしてた?」
「……うん」
「どこに?」
「……決めてない。とにかく、ここじゃない、どこかに」
「ここに、いたくなかった?」
「ううん。違う。ここに、いたい……。でも、私……ひどいこと、したから」
少しずつ、破壊龍の声は小さくなっていった。
その顔を覗き込んで、僕は首を振った。
「君は、なにもしてないよ。そういうことをする前に、こうして、元の人間に戻れたんだ。もう、君をおかしくしていた邪気はないんだ。なにも、気にしなくていい」
「でもっ……。私、私は……」
ぶるぶると、大きく破壊龍はかぶりを振った。
それから僕の顔を見据えて、言ってきた。
「私なんて、いなくなってしまったほうが、よかったのに……! なんで、なんで……勇者は、私のことを……助けたりしたの……?」
そして、大きな瞳から、ぼろぼろと涙を零した。やがて、嗚咽し始める。
僕は、なにも言わず、破壊龍の背中を撫でた。




