第11話 我が家 #2
その通り、と黒猫は頷いた。
「盟約が守られている間はな。お前たちが共通の敵を持ち続け、団結できるように振る舞っていた、ということだ。結果として、千年、私という魔王があるおかげで、この大陸は揺り篭のように安全だった、というわけだ」
「なんでですか? なんでそんな……茶番をするっていう約束が必要に?」
僕が訊くと、黒猫はまた、頷いた。
「うむ。それが本題だ。私の城の地下には、千年前より……いわゆる、天より降りた邪悪なるもの、というヤツが封印されておる」
「それが、あなた――魔王さんだったんじゃないんですか?」
「全然違う。お前らの言い伝えにある、天より降り来る魔王と私は、全くの別ものだ」
ぽかんとする。僕はてっきり、同じものだと思っていた。
「じゃあ、魔王さんの住んでいたお城に、ある日いきなり違う魔王が、空から降ってきた、ってことですか?」
「まぁ……違うが、ある意味では、そういうことになるな。で、私はそれと戦い、城の地下になんとか封印した。私では、封印することしかできなかったのよ。邪気――邪の力では、邪の力を倒すことはできぬからな」
「だから……勇者の力が必要だった、ということか。それ――天から降ってきた、本当に邪悪なものを滅ぼすために」
父がぼそりと言う。黒猫は首肯した。
「邪気を滅ぼせるのは、正しき生命エネルギーのみ。つまり、剣気を操る勇者にしか、アレは倒せぬのだ。少なくとも、アレが発する邪気に心を呑まれない、それだけの力を持った勇者がな。敵の敵は、味方ということよ。私にとっても、アレは邪魔だ。アレは目覚めれば、本来私が支配するべき人間を根絶やしにしてしまう。お前たち人間は、もちろん、滅びぬためにアレを抹消せねばならぬ。そういうことだ。分かりやすいだろう」
それから、僕を見てくる。
「私はいわば門番、試験官として、あの城にいたということだ。やってくる勇者を、千年品定めし続けた。そしてようやく、小僧、お前という当たりを引いた」
「僕、当たりなんですか」
「うむ。だが、千年という月日で、私も耄碌していたようだ。お前とのあの、最後のぶつかり合いの時に……封印を維持するために割いていた力が緩んでしまった。結果、封印されていたものの力は一気に漏れ出た。爆発的にな」
「それで、僕たちは南まで吹っ飛ばされたんですね」
「そうだ。まぁ、あれでも想像していたよりはマイルドだったがな。下手をすると、大陸の北半分が吹っ飛ぶ可能性すらあった」
それは恐ろしい。実際の規模はどれほどか分かっていないが、魔王の口振りでは、そこまでひどいことは起きていない、ということだろう。
魔王の言葉を受けてから、父が訊ねた。
「それほどに危険なものが、解放されつつある……ということだな。今後は、なにが起きるんだ? 我々は、どうすればいい?」
「物分かりが良いのは、さすがは先代の勇者だな。まず、私という管理者を欠いた封印はおそらく半年をかけて緩んでいき、完全に破れるとみている。半年後には今までにないペースで邪気が大陸を汚染していくだろう。なので、それから大陸の都市や民を守るため、破邪結界の構築が急務だ。まずは港のある西の都を優先して保護する。そのあとは……流れを見つつ回っていく、ということになるであろうな」
説明してから、邪悪なるものが解き放たれれば、汚染もクソもなく、その時点で世界は滅ぶがな、と魔王は付け足したが。
母が魔王に指摘した。
「今までも、北のあなたの城から邪気は流れてきていたでしょう。それはどういうこと? 封印していたんじゃなかったの?」
「お前は料理下手か? 沸騰する鍋を密閉すれば、爆発するだろう。封印も、多少の遊びがなければならぬのよ。私は試験官であると同時に、お前ら人間どもが滅ばぬように、封印から漏出する邪気をやりくりするという業務もしていたわけだ。感謝しろよ」
母が鍋を爆破したことはないが。僕が小さな頃、庭で父と一緒に焚き火で栗を焼いていたとき、爆ぜて火傷をしたことを思い出した。
そして、ここまで、話を聞いて――
なんだか、ますます僕には魔王が悪い人には思えなくなっていた。この人は(今は猫だが)、もっとも危険な場所に立って、僕たちを千年、守り続けていたようなものではないか。
そんなことを言ったら、あの岩のような猫パンチが飛んでくる予感がしたので、なにも言わずにおくけど。
いや、そもそも、魔王はこっちの考えることをなぜか読んでくる。今もそうみたいで、僕を見つつ、嫌みったらしい声音で言ってきた。
「誰がそんなことを善意のボランティアでやるものか。いいか、私は、小僧の力を利用してアレを抹消するつもりだ、ということだ。私の城の地下に居座り続けた邪魔ものが消えれば、その次は小僧、お前の番が来る、というだけだぞ。お前を殺してから、ようやく私はこの大陸を支配するための行動に移ることができる」
「そんなこと、許されると思っているの?」
母の言葉に、黒猫はにべもなかった。
「許すも許さないもない。甘ったれるな。私は魔王だということを忘れるな。しかし、我々が邪悪なるものを倒さねば、どちらにせよ大陸は滅ぶ。新しく小僧を超える勇者が出てくるという時間的猶予もない。つまり、私も、お前たち人間も、取るべき行動はもはや、ひとつしかないのだ」
言い終えてから、黒猫はもうひとつ、付け足した。
「まあ、せいぜい。すべてが終わってから、私と小僧はもう一度戦うことになるが。お前らは、なんとか小僧が勝ってくれるほうに賭けるんだな」
そのセリフで、説明は終わりのようだった。
重い空気が、テーブルの上にのしかかっている。
これから僕と魔王は、お互いに協力して、北の地に封印されている邪悪なるものを倒さなければならない。
だけど、まずは各地を回って邪気から都市を守るための破邪結界を張らないといけない。破邪結界は、勇者として鍛練を積んできた僕でなければ張れない。
それが終われば、北の地に向かい、邪悪なるものと戦う。
無事に倒すことができれば、僕と魔王で、最終決戦の仕切り直しをする。
そこまでやって、僕が勝てば平和を取り戻せる。
魔王が勝てば、結局大陸の危機がやってくる。
手順を頭の中でおさらいして、僕は、なんだかひどく憂鬱な気分だった。




