第109話 激闘後の目覚め #2
「さて、どうしましょう?」
「そうだな。メシが先か、腐れ聖女たちと合流するのが先か、というところだが」
街ですれ違う人たちは、僕たちを見て笑顔で手を振ったりしてくれる。
そして、街の中には、なにか活気のようなものが満ちていて、さらに祝日か記念日かなにかのように、商店やレストランが飾り付けをしている。
「あれ、なにしてるんです?」
「ふむ。祭りをするらしいぞ」
「お祭りですか」
「うむ。大破局を免れたのだからな。首長が、そういう通達をしたらしい。今日の夕刻から、数日間は続くそうだ」
「それは、楽しそうですね」
「うむ。……しかし、分かっているな、小僧。戦いはまだ終わってはおらぬ」
真剣な魔王の言葉に、僕は歩きながら、頷いた。
祭りの飾りつけをしている人たちを見る。
街は、幸せな空気に満ちている。
僕たちは、なんとかこれを守れた。だが、ギリギリの勝負だった。
そして、本当の敵は、まだいる。
北の地に封印された、邪悪なるもの。
破壊龍が纏っていた邪悪――それそのものが敵として立ちはだかってくるのなら、今度こそ、対話の余地などひとつもない、真の脅威との戦いになる。
それが、最終目標なのだ。ひとまず喜ぶのはいいが、気は引き締めておけ――
魔王はそう言いたいのだろう。
僕の力はだいぶ戻ってきたと思う。だが、まだまだ足りない。引き続き、向上していくための努力を、決して忘れてはいけない。
北の都は後回しで、次は南の都になる。
少しばかり浮かれていた自分を戒めて、僕は改めて、決意し直す。
南の都でも、この東の都のような事件が待っていないとも限らないのだ。
「もちろんです。油断しないよう、精進します」
「そうだな。では、どこから回るかだが……」
「え? 次は、南の都じゃないんですか?」
「ん? お前は、なんの話をしている?」
いまいち話が噛み合わない魔王が、訊いてきた。それに答える。
「え。まだまだ、北の邪悪なヤツを倒すまで、これくらいで浮かれるなって、言いたいんじゃないんですか? 魔王さん」
「そんな先のことを考えてどうする。今は、祭りを楽しめ。私は、この祭りで飲食店が大幅値下げアンド大盛り増量キャンペーンをするから、どこから戦っていくべきか、という話をしていただけだ」
「あ、そうですか……」
魔王はどこまでも魔王だ。僕は半分呆れつつ、安堵もしつつ頷いた。
だが僕を見て、魔王は言ってくる。
「なんだ、その気のない返事は。祭りは数日しかないのだぞ。きちんと計画を立てて回らねば、完全制覇など不可能! 分かっておるのか! あれを見よ!」
魔王が示す先は、広場になっている。
そこでは、体格のいいおじさんたちが、なにかを準備している。
「出店、屋台も出るのだ。いいか、小僧。屋台グルメを逃すような失態を演ずれば、それは末代までの恥ぞ。心しておけよ。分かったな?」
「分かんないですけど、まあ、分かりましたよ。あとで考えましょ」
「いまいち、覇気のないヤツだな……。事の深刻さが分かっておらぬのか」
そんな具合に言い合いつつ、僕と魔王は、兵舎のほうへと足を向けていた。
そのまま何分か歩くと、声がした。
「お兄ちゃん!」
その声のほうを見る。
兵士長の娘が、駆け寄ってきていた。
そのやや後方に、聖女が立っていた。左手側に、守護龍を連れ――
右手側には、黒いローブを纏った、褐色の女の子がいた。
「お兄ちゃん、目が覚めた? 大丈夫?」
「うん、もう大丈夫。完全に回復したよ」
「もう? お兄ちゃん、バケモノみたいだね」
「魔王さんにも言われたよ」
「まぁ、子供の頃からそうだったし。私は、そんなに心配してなかったけど。ほら、そういえば。昔、木に登って、落ちて、頭打って気絶して、でも次の日にはなにごともなかったかのように稽古してたじゃん、お兄ちゃんって。それで大人の人全部叩きのめしちゃったりしてさ」
「あー、えー、そうだったっけ?」
とぼける。よくそんな昔のことを覚えているものだ。八年くらい前の、まだ僕もこの子も小さかった頃だと思うのだが。
と、聖女が追い付いてきた。
僕を見て、にっと笑う。
「やあ、すっかり回復したなぁ、少年。元気があってよろしい。腹減ったろう? どこか、適当に入ろうじゃないか。私たちも、少年の宿に寄って、メシにするつもりだったんだよ。行き違いにならなくてよかった」
「勇者さん、なにか食べたいものはありますか!」
守護龍が言う。褐色の女の子は、黙ったままだ。聖女の手を握り、僕からは意図的に目を背けている。
僕は、褐色の女の子の前にしゃがんだ。
褐色の女の子――破壊龍は、僕をちらりと横目で見て、すぐに逸らしてしまう。
「ついさっき、目覚めたんだ。ちょいと、シャイな子でねぇ。でも、少年や猫にも会いたいっていうから、連れてきたのさ。身体は、どこにも異常はない。健康そのものだよ」
「そうですか。それは……よかった。本当に、よかった」
僕は、守護龍と破壊龍を見比べた。
格好も相まって、色はまるで正反対の双子のようだった。
僕は、破壊龍に手を差し伸べた。
一瞬、ぎょっとしたような顔をして、伏し目がちな横目で、僕を見てくる。
辛抱強く待つと、おずおずと、破壊龍も、手を伸ばしてきた。
その手を、握る。
小さい手だった。あの、破壊そのものが具現化したとしか思えない、巨大な破壊龍とは似ても似つかない、柔らかな、小さい手……。
この手に、すべてを壊せるほどの力が握られていた。
しかし、今は――これからは、違うはずだ。
僕はできるだけ、破壊龍の手を優しく握り返して、言った。
「こんにちは」
「……こんにちは」
小さな声で、返事をしてくれる。
それだけで、たまらなく嬉しい。
「これから、ご飯を食べに行くんだけど。お腹は、空いてる?」
「……うん」
「なにか、食べたいものはある?」
「……分からない」
「そっか、じゃあ、僕たちについてきてくれる? 一緒に食べよう」
それに、破壊龍は無言でこくりと頷いた。




