第108話 激闘後の目覚め #1
腹の上に、漬物石が乗っている。
僕は、仰向けで寝ているのだが、漬物石が、僕のお腹の上に乗っている。
それは真っ黒で、丸い形をしていた。
なぜか僕は、全く身体を起こせない。手も、足も動かせない。
ただ、身体――腰のあたりだけは動いた。
お腹の上の漬物石を、芋虫のように身体を揺すって、振って、落とそうとする。
しかし、漬物石は意思を持つかのように僕の動きに追従してきて、ぴったりと僕のお腹の上に乗ったままだ。
くそ、なんだ、こいつは。
悪態をついて、さらに動く。
と、漬物石は重くなった。
苦しい。
漬物石は、どんどん重くなる。
このままでは、お腹が潰れる。放っておけば、押し潰されて、口から内臓を吐き出してしまうかもしれない。それくらい、重い。
僕は、声も出ない喉で、悲鳴を上げた。
漬物石が、じわじわと重くなっていく。
もう、身体を動かすこともできない。
僕のお腹が、みしみしと音を立てているような気がする。
ダメだ、潰れる。死ぬ……!
黒い漬物石のせいで、内臓が潰れて、背骨が真っ二つにへし折れ――
――た、というところで、僕は目を覚ました。
ひどく、汗をかいていた。悪夢のせいだ。
ずいぶんと、いやな夢だった。あの漬物石の感覚は、とても生々しく、今も腹部に残っている気さえする……。
宿の天井が見える。
寝ているのは、ベッドのようだ。
そうか――僕は、あの戦いの後、無茶がたたって、倒れたのだ。
肘を支えにして、僕は上半身を起こした。
と――
ころん、と、腹の上から、黒い塊が転がった。
それは器用に体勢を立て直すと、ベッドの空いているスペースに寛ぎ、僕を見てくる。
「おう。起きたか、小僧」
「……魔王さんのせいだったのか」
僕が言うと、魔王は怪訝な顔をした。
「なにがだ?」
「いえ、なんでもないです。生々しい悪夢を見ちゃって」
「ほう。あれだけ肉体と精神を酷使したのだからな、無理もないな」
うんうん、と頷いている。いや、あなたがお腹に乗っていたせいなんですが……。
その言葉は飲み込んで、僕は訊ねた。
「僕、どれくらい寝てました?」
「丸一日だな。あの戦いが終わってお前が倒れたのは、午後一時三十分過ぎだ。戦いは、ほんの三十分ほどだったわけだな。で、今は翌日の……そろそろ、正午だ」
「そうですか。……ずいぶん、寝ちゃいましたね」
「そうだな。回復したか?」
「ええ。倒れたときは、死ぬほど痛かったですけど、今はもう、なんともないです」
「バケモノか、お前は」
「ひどいなぁ。生まれつき、頑丈なんですよ」
「その耐久力と回復力を、それだけで済ますのは、なんだか間違っている気がするな」
魔王はそう言ってから、大きくあくびをした。
それを見て、訊ねる。
「魔王さんは? 大丈夫ですか?」
「なにが?」
「あの戦いで、なにか影響は? 力を使いすぎたとか」
「ふっ、あるわけなかろう。あの程度、労働にも入らぬ。慣れない守りなどを担当したせいでの疲れはあったがな。元々、あの巨龍はかつての一万分の一の力しか出せなかったのだ。それに後れを取るわけがあるまい」
それは、そうだろう。僕がなんとかできたのだから、僕よりも強い魔王なら、全然へっちゃらで当然か。
と、腹が鳴った。
それを聞いて、魔王が笑う。
「空腹か。調子もいいようなら、出掛けるか。あの聖女どもも呼ぼう」
「はい。そういえば、みんなは?」
「腐れ聖女は、修道士の臨時詰め所だ。小娘は、守護龍と一緒に兵舎だろうな。聖女のほうと合流しておるやもしれぬ。黒き龍の核であった小娘のことを、気にしていたからな」
黒き龍の核の小娘――
それを聞いて、僕は、いてもたってもいられなくなった。
「あの子、どうなったんです?」
が、魔王は落ち着いた声でこちらを制してきた。
「まだ寝ておる。お前が慌てたところで、どうにもならん。力は完全になくしておるし、あれはもう、ただの小娘よ。ひとまずは、あの腐れ聖女の言う通り、好きなだけ寝かせてやればいい。話は、それからでよかろう」
それに、僕は頷いた。
あの子は、自分が破壊龍と化していた時の記憶は持っているのだろうか。
古代を蹂躙し、多くの命を奪っただろう、破壊龍としての記憶を。
それを考えると、憂鬱になる。
が、考えても始まらない、という気もした。
覚えていようと、いまいと。僕たちがあの子を受け入れ、癒やしてあげないといけないというのが、唯一、言い切れることだろう。
目を覚ましてくれたら、いろいろ、話がしたい。
そう思いながら、僕は魔王に訊ねた。
「分かりました。で、魔王さんは、なんでここに?」
「さあな。まあ、食べ歩きでもしていてよかったんだが、財布はお前が持っておるし、仕方がないから、ここで目覚めを待っておったのよ」
その言葉に、僕は笑った。
魔王は、不機嫌そうに目を細める。
「おい、なにがおかしい」
「いえ。ごめんなさい、我慢させちゃって」
「まったくだぞ。もっと早く起きろというのだ。うんうんうなされておるから、こっちもロクに寝られなかった」
それを笑いながら聞き流して、僕はベッドから起き上がった。
荷物袋から新しい服を出して着替えて、魔王とふたりで、街に出た。




