第106話 破壊と、救済
「お兄ちゃん、無事!?」
「無事だったかい、少年。よくやったな」
「勇者さん、大丈夫ですか!」
ほとんど同時に発せられる声に微笑み返して、手を差し出す。
全員とハイタッチして、僕たちは無事と再会を喜んだ。
やがて、都の人が集まってくる。巨龍を倒したのが、分かったのだろう。特別警報が出ていたが、それくらいでは人の好奇心に蓋はできないだろうし。
僕たちを遠巻きに都の住民が囲み、拍手をしてくれる。
「さすがは勇者さまだ! こんなデカい龍を倒しちまうなんて!」
「龍殺しだ! さすがは、最強の勇者さま!」
「俺は見たぜ! あの勇者さま、落ちながら戦ってたんだ!」
そんな具合に、口々に喝采が飛んでくる。それに頭を下げていると、兵士長が兵士を引き連れて駆けつけてきた。
「勇者どの! ご無事でしたか!」
兵士長は、息を切らせて僕の目の前までやってきた。
「ええ。なんとか、倒すことができました」
「さすがは、勇者どの。望遠鏡で、我々も見ておりました。空中で、丁々発止と渡り合い、しかも、あの火球を剣で一刀両断に! まさに勇者どのこそ、武の化身!」
「いや、そんな……。大袈裟ですよ」
どれもひとつ間違えば死んでいるような無茶ではあったが、言うほどのことはしていない。強いて言えば、運が良かったんだろう。
そんな会話の間に、兵士たちが人々を広場から遠ざけて、封鎖しようとしている。
「して、この巨龍の亡骸は……?」
兵士長の問いには、魔王が答えた。
「まあ、待て。いずれ、答えが出る」
「答え?」
兵士長は訊き返してくるが、魔王は僕に向かって言った。
「魔物の肉体として凝り固まった邪気は、核を失うとじきに空気に紛れ、溶けるように消える。完全に死んでおれば、核になったものも一緒に消える。小僧の祈りが届いていれば……なにかが残るはずだ」
それから魔王は、破壊龍の死体へと目を向けてから、訊いてきた。
「小僧。お前に、あの龍は、なにかを答えたのか?」
「いいえ。……ただ、声みたいなものは聞こえました。断片的な」
「記憶のカケラのようなものか。お前の力は、宝玉の粉末によって高まっていたから、それに触れることができたのかもな。なんと言っていた?」
僕は、目を閉じて思い出そうとした。
「声は……こんな感じでした。『やめて、おとうさん』『いやだ、私』『お別れ、したくない』――そんなふうに、泣き叫ぶ、小さい女の子の声が、延々と……」
「……反吐が出るな」
吐き捨てるように言う魔王。僕も、頷いた。
恐らくは、あの破壊龍の核は、あれを作った魔王の実子なのだろう。
嫌がる我が子を、無理やりに、その核としたのだろう。
やるせなさを感じながら、僕は続きを言った。
「他に、感じたのは……どうしようもない悲しみ。あとは、憎しみでした。自分をこうした魔王への怒り……だと思いますけど」
「ふむ……。恐らく、兵士長の語った龍破戦役とやら。あの龍を作った魔王は、ご多分に漏れず、あの龍に殺されたのであろうな。しかし、目先の恨み、憎しみを晴らしても、真の意味でそれが晴れることはない。それどころか、その感情の振り下ろす先を失って、どこまでもあの龍は暴走していったのであろう」
そこまで言って、ぽつりと小さな声で魔王は結んだ。
「その古代の破壊劇というのは、あれが邪悪な魔物であるからだとか、そういうことではなく……孤独な子供の癇癪でしかなかったのだろうな」
それを聞いて、僕は胸が締めつけられる思いだった。
最強の力を持つ、破壊龍――
僕も、道を踏み外せば、このようになっていたかもしれない。
でも、僕は、僕を導いてくれる人に恵まれていた。
父、母。稽古先のみんな。聖女。
あるいは、生きてきて出会った人のすべて。
そして、今、傍にいてくれる魔王。
だが、みんなが傍にいなかったら、僕もこうなっていたかもしれない。
破壊龍は、幼い頃に、いきなり破壊龍に仕立てられ、どうするかも分からず、導いてくれるものもなく……ただ、盲目に暴れ続けるしかなかったのだろう。
それを想うと、ひたすらに辛い。
見ると、聖女も、兵士長の娘も、魔王の言葉を聞いて、痛ましい顔をしていた。
守護龍は、ぼろぼろと涙を零していた。
ここにいるみんなが、力を持つ人だ。
その辛さ、恐ろしさが、具体的に想像できるのだろう。
だから、僕たちがやらなければならなかった。
だから、僕たちが止めなければならなかった。
もし、助けることができたなら、僕たちが力になってみせる。
聖女の言う通り、生きるというのは、ロクでもない――楽しいことだけでは、ないのかもしれない。
それでも、一緒にいてくれる人がいれば、どんな些細なことだって楽しくなる。どんな辛いことだって、笑い合って乗り越えられる。
生きてさえいれば、どこかで必ず、生きていてよかった、と思えるくらいに素晴らしい出来事がある。
それを、教えてあげたい。
神を信仰していたりはしないが、僕は、天に向けて祈った。
どうか……この子に、もう一度生きるチャンスをあげてほしい。
僕たちは、静かに巨龍の死体を見守った。
やがて、風に紛れて、その巨体が少しずつ、削れるように、蒸発するように減っていく。
固唾を呑んで、僕たちは見守った。
そして、巨龍の死体があった場所には――
ぽつんと、眠るようにして横たわった、褐色の肌の少女の姿があった。
魔王が言う。
「……やったな、小僧。お前の勝ちだ」
「……はい!」




